質問主意書

第70回国会(臨時会)

答弁書


答弁書第一号

内閣参質七〇第一号
  昭和四十七年十一月二日

内閣総理大臣 田中 角榮      


       参議院議長 河野 謙三 殿

参議院議員杉山善太郎君提出原子力発電所の建設に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。



   参議院議員杉山善太郎君提出原子力発電所の建設に関する質問に対する答弁書

一、安全性について

(一) 原子力の開発利用にあたつては、その安全性確保の重要性に鑑み、安全性の確認を大前提としているところである。現在わが国の原子力発電の主力をなす軽水型炉は、米国ではすでに十五年間にわたる運転実績が蓄積されており、国際的にも最も広く採用されているものである。
 昨年米国において非常用炉心冷却設備(ECCS)の性能が問題とされたが、わが国の原子炉の安全審査においては、このECCSの問題も考慮に入れて当該設備の性能の一部(冷却材喪失事故時の初期の段階における性能)が働かないと仮定し、また、燃料被覆材の最高温度上昇限度を厳しく設定するなど厳しい審査基準を採用しており、現在わが国に設置されている原子炉はこの基準によつても安全性が確認されているものである。
 また、百万キロワット級の大型軽水炉についても、原子炉安全専門審査会において慎重審査の結果、すでに安全性が確認されているところである。なお、百万キロワット級の大型軽水炉は米国においては、すでに十三基が設置許可を受けている。
 原子炉の安全確保は、炉の設置前の厳正な規制のみならず設置運転後の種々の規制によつてもなされており、今後とも一層万全の措置を講じてまいる所存である。
(二) わが国の原子炉の安全性についての考え方は、平常時はもとより重大な事故を仮想しても、一般公衆には放射線障害または放射線災害を与えぬことを大前提としており、原子炉の立地条件は極めて重要な要素として十分な配慮を払つている。すなわち、原子炉立地審査指針に基づき原子炉事故による災害評価としては最悪の場合には技術上発生し得るかもしれない事故(重大事故)およびそれを上回る仮想上の事故(仮想事故)について一般公衆の放射線による被ばくを評価しており、これらの事故が万一発生した場合にも当該敷地境界に人が居続けたとしても放射線障害または災害を被ることはなく、また、その事故による国民遺伝線量に与える影響は問題ないと判断されている。
 柏崎地区に予定されている発電所については、原子炉設置の許可申請が出された段階で慎重に安全審査を行ないたい。

二、温排水について

(一) 温排水問題は原子力発電所特有の問題ではなく、火力発電所その他一般産業活動にかかわる共通の問題であるが、極力その影響を低減させるよう指導している。
(二) 発電所からの温排水が海産生物に及ぼす影響については国においても関係省庁が協力して学識経験者の参加を得ながら鋭意調査研究を進めているところである。
 従来の調査研究および火力・原子力の運転実績からみると、その温排水の拡散範囲は放水口を中心とした前面海域の一部に限定されるものと考えられる。
(三) 温排水による霧の発生については温水が低温の空気と接触して生ずるものであるがその霧は淡霧であり、従来火力発電所の放水口付近で発生した霧について調べて見ると風速が弱く、大気湿度が高い気象条件で、かつ、大気と水面温度の差が十数度の場合に淡霧が発生することがあるがその規模は小さく、気圧配置、局地的気象条件等も大きく影響している。日本海側の冬期は季節風が発達するため、一般に霧は発生し難い。風の穏やかな日で夜間など気温が低下した場合には、前面海域の一部で、放水口近傍において淡い霧が発生することがあり得ると思われるが、地域全般に影響を及ぼすことはないと考える。
(四) 更に異常豪雪雨等気象に及ぼす影響については、温排水の熱量は大部分が発電所前面の局部的な海水内に拡散し、大気中への拡散は自然界から受けるエネルギーに比べ、極めて少ないので地域の気象を左右する原因となるようなことはないと考えられる。
(五) 今後さらに必要な調査研究を進めて行きたい。
(六) 東京電力柏崎、刈羽地点において建設が予定されている原子力発電所からの温排水による日本海の海象等に及ぼす影響は上述の観点から少ないものと考えられるが、今後の処理に当つては万全を期する方針である。

三、放射線の遺伝について

(一) わが国の原子力施設から環境へ排出される放射性物質の濃度基準を定めるにあたつては、現在、世界で最も権威のある国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告を基本としている。
 このICRPの勧告は、放射線を利用することは、「ある程度の危険が存在することを認識しなければならず、それから受ける利益から見て、その個人および社会にとり容認できると思われるレベルにまで放射線量を制限しなければならない」との基本的認識のもとに職業人や一般公衆に対する線量限度など、各種の線量基準を設定しており、現在までのところ、この基準以下において、人体に対し実際的な影響が認められた事実はない。
 なお、わが国における原子力施設からの放射性物質の放出実績は、上記基準を十分下まわる値となつている。
(二) 先般、日本遺伝学会で発表されたフタマタタンポポの種子の染色体異常に関する論文については、植物の種子と人体組織がトリチウムのとりこみ量において異なる等のため、この実験結果から直ちに人体への影響を評価することは困難であるが、現在、原子力発電所から放出されるトリチウムの濃度は、その放出口において、6×●1mci/ml以下であり、実験者が有意な差はないと述べている濃度限界(8.8×●2mci/ml)の一万分の一程度であり、問題はないと考える。
(三) クリプトンに関しては、専門家の検討によれば、「二千年における全世界の原子力施設等から排出されるクリプトンによる日本人の被曝量は、一年間一人当り〇、一四ミリレム程度」と計算されているが、これは、自然放射線の年間約百ミリレムに比べてその〇、二パーセント未満であり、しかもその算定にあたり最も厳しい条件を採用しているので、今後の技術開発等によつては、上記被曝量はより減少するものと考えており、諸外国と協力しつつ、低減策について検討を進めることとしたい。
(四) 広島・長崎の原爆による放射線の被曝量は、瞬間的に数十万ミリレム程度と計算されており、これは、原子力施設から現実に放出される放射能水準はもちろん、自然放射線(年間約百ミリレム)による影響とは、根本的に相違するものであり、比較するのは適当でないと考える。
注 ●1=10のマイナス10乗
  ●2=10のマイナス6乗