質問主意書

第61回国会(常会)

答弁書


答弁書第五号

内閣参質六一第五号
  昭和四十四年七月十一日

内閣総理大臣 佐藤 榮作      


       参議院議長 重宗 雄三 殿

参議院議員田中一君提出国道百二十号線における日光東照宮周辺の道路拡幅計画に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。



   参議院議員田中一君提出国道百二十号線における日光東照宮周辺の道路拡幅計画に関する質問に対する答弁書

一について

 本件計画は、当該地附近の道路が幅員五・七メートルと極めて狭く、昭和三十七年度において一日約六千四百台と許容交通量の約三倍の交通量を示したうえ、歩道が設置されていない状態であつて、本路線の最大のネックとなつており、これを解消するとともに、その後も増加の一途をたどり昭和五十年度には一日約一万六千台に達すると推定される交通を安全かつ円滑に処理するため早急に建設する必要があるとして計画されたものであつて、その決定は、当該地附近の文化的、景観的重要性にかんがみ、各種の代替案を技術的、経済的観点のみならず、歴史的遺産及び景観の維持の観点からも慎重に検討し、諸案のうちで最も適正であるとの判断に基づくものであり、現時点においてもこれに代わるべき良案はないと考えているので、目下のところ控訴を取り下げる意思はない。

二について

1 現在までに行なつた事業の内容
 本路線の拡幅改良工事については、栃木県知事が昭和二十八年から施行しており、新日光橋を昭和三十七年度に竣工するとともに、事業認定申請時である昭和三十九年度においては、神橋附近二百八十メートルの区間を残してその前後の区間の拡幅改良を完了した。
 事業認定申請後においても引き続き工事を施行し、係争地約四十メートルの区間を除き同年十二月に改良を終り、昭和四十三年十一月には同区間に敷設されていた東武日光軌道線を撤去して舗装工事を行なつた。

2 交渉の経緯並びに土地収用及び訴訟に関する経過
(1) 交渉の経緯並びに土地収用及び訴訟に関する経過
  本件事業に関する交渉の経緯並びに土地収用及び訴訟に関する経過は次のとおりである。
 昭和24年4月21日 建設大臣、街路の都市計画決定を告示(幅員十五メートル)
   29・7・23  東照宮、現道拡幅計画に同意
      8・16  国立公園審議会、現道拡幅計画に反対の意見を表明
   34・10・24 建設大臣、都市計画決定の変更を告示(幅員十六メートル)
   39・1・29  栃木県知事、東照宮・輪王寺及び二荒山神社に協力を要請
      3・19  自然公園審議会、現道拡幅計画に同意
      4・1   厚生大臣、栃木県知事に公園事業の執行を承認
      4・1   栃木県副知事・土木部長及び日光市長、東照宮等二社一寺に事業計画を説明
      4・3   栃木県知事、事業認定を申請
      5・1   東照宮、栃木県知事に土地収用法に基づく意見書を提出
      5・3
      5・22  建設大臣、事業認定を告示
      5・26  栃木県知事、土地細目を公告
      6・22  東照宮、建設大臣に事業認定について異議の申立て
      8・7   東照宮、事業認定及び土地細目公告取消訴訟を提起
      8・20  栃木県知事、土地収用法に基づき東照宮に協議
      9・25  栃木県知事、栃木県収用委員会に裁決を申請
   41・10・31 栃木県知事及び日光市長、東照宮宮司に会見し、協力を要請
   42・2・10  建設事務次官及び栃木県知事、東照宮宮司に会見し、協力を要請
      2・14  建設大臣、異議申立てを棄却
      2・18  栃木県収用委員会、収用の裁決
      2・22  東照宮、裁決取消訴訟を提起、執行停止の申立て
      3・16  宇都宮地裁、執行停止を決定
      3・23  栃木県収用委員会、即時抗告
      5・12  東照宮、補償金増額訴訟を提起
   43・11・21 宇都宮地裁、和解を勧告
   44・2・10  宇都宮地裁、和解を打ち切る
      4・9   宇都宮地裁、判決
      4・21  建設大臣・栃木県知事及び栃木県収用委員会、東京高裁に控訴
(2) 代替路線について
 東照宮よりその施行を拒否された現道拡幅案(A案)のほか、別紙図面に示すように、日光橋からトンネルで御旅所の地下を抜ける案(B案)、延長約七百三十メートルのトンネルを掘り、日光市役所附近から現国道に並行してバイパス道路を新設する案(C案)及び大谷川の右岸を通る案(D案)の三案を検討し、さらに、御旅所をさけてその奥をトンネルで抜ける案及び当該区間の道路を二本に分け両者を一方通行としてその一は現道を利用し、他は御旅所をさけてトンネルで抜ける案もあわせて検討した。
 その結果、御旅所案については御旅所の解体復元を要するほか、老杉約五十本の伐採を要し、著しく景観を害する等の難点があり、バイパス案については膨大な事業費を要するほか、トンネル延長が長いため観光地の道路としては適しない等の難点があり、大谷川の右岸を通る案については同地点に生育している広葉樹林の伐採を要し、著しく景観を害する等の難点があり、御旅所奥案についてはトンネルの入口附近がオープンカットとなつて景観を害する等の難点があり、一方通行案については現道には歩道を要するため結局太郎杉の伐採を要するほか老杉約四十本の伐採を要し、景観を害する等の難点があり、いずれも不適当とされたものである。

三について

 本路線の予想される将来交通の増加対策として、宇都宮市より今市市を経て日光市馬返しに至る区間について現路線をバイパスする有料道路計画を検討するため、現在すでに栃木県において将来交通量及び路線等の基礎調査を実施中である。
 しかしながら、このバイパスが建設されたとしても、これらは主として通過交通が転換することとなるものであつて、東照宮等の観光を目的とする車両や日光市内での業務を目的とする車両の交通の多くは現道に残存することとなり、神橋附近の交通混雑を緩和するためには、依然として現道の拡幅を要するものである。

四について

1 特別保護地区に関する基本施政について
(1) 国立公園は、自然公園法第一条に明定されているようにすぐれた自然の風景地の保護とその利用の増進をはかるものである。特別保護地区については、特に自然を厳正に保護すべきところではあるが、適正な利用を必ずしも一切排除し、または阻害すべきものではない。
(2) 当該地区は、老杉が主要な風景の要素ではあるが、昭和二十九年より昭和三十九年の間に突風等の影響により、一部倒木、損傷木等が生じ、相当程度景観価値が損なわれるに至つた。
(3) 一方、日光国立公園の利用者は、年々増加し、特に自動車による利用が激増し、当該地区においては著しく交通の渋滞をみ、適正な利用が甚だしく阻害され、また、交通事故も増加する傾向にあつた。
(4) 適正な利用の増進をはかり、かつ、自然の損傷を最少限度とすることにつき、数案について比較検討したが、当該案にまさるものは、見出し得なかつた。
(5) 昭和三十九年三月十九日自然公園審議会より、本件に関し、同趣旨の理由によりこの道路を拡幅するもやむを得ないとする答申があつた。
 以上の理由により、当該道路の拡幅は、自然の保護と利用との調整をはかるという立場から承認したものであつて、特別保護地区に関する基本施政を根本的に変更したものではない。

2 自然公園審議会の審議内容
 本件を審議するため、昭和三十九年二月四日自然公園審議会計画部会が、同年三月十一日及び同年三月十九日に同審議会計画・管理合同部会が開催された。その審議内容の概要及び結論は次のとおりである。
○第一回 昭和三十九年二月四日(計画部会)
 建設省担当官より日光神橋附近道路の改修に関し、過去の経緯、現地における自動車交通の現況、交通事故の状況、日光周辺全体の道路に対する交通状況等の説明があり、更に当該地区の交通緩和を図るための道路改良計画として、昭和三十八年七月栃木県知事より厚生大臣に申請のあつた原案(A案)及び審議会委員より別案として示唆のあつたB、C、Dの各案(別図参照)についてそれぞれ説明がなされた。
A 案 現道改良案である。これは、太郎杉をはじめ附近の杉二十二本を伐り、延長二百七十六メートル、車道幅員十一メートルの道路で、幅二・五メートルの歩道を両側につける。工費三千八百万円、工期は六ケ月。
B 案 御旅所の地下にトンネルを掘る案である。これは、老杉五十二本を伐ることとなり、卸旅所、寄進碑、物産店五軒の移転が必要で、旧参道及び本宮の滝が失なわれる。延長二百六十四メートルのうちトンネルが百二十九メートル、車道幅員十一メートル、工費三億七百万円、工期は二年六ケ月。
C 案 日光市街の背後を通るバイパス案である。これは、老杉の伐採は伴わないが、寺院、住宅等四十九軒の移転が必要となる。延長千七百七十六メートル、トンネル七百二十六メートル、車道幅員十一メートル、工費十三億五千百万円、工期は三年。
D 案 大谷川の右岸を通る案である。これは、老杉を伐採しないが、対岸の山林の美林景観を破壊するのみならず金谷ホテルの通路と機関室の移転が必要になる。延長三百四十四メートル、うちトンネル三十メートル、車道幅員十一メートル、工費二億二千百万円、工期は二年。
 以上に対し、B案を改良して御旅所にも他の建物にもかからない案(B改良案)は作られないか、A案とB案の道路幅を半分にして、両方一方交通のダブルウエイ(E案)にしてはどうか、との代案が委員から提案され、建設省において早急に検討することになつた。
○第二回 昭和三十九年三月十一日(計画管理合同部会)
 先ず前回の部会で委員から新たに提案されたB改良案及びE案について、建設省の担当官より説明があつた。
B改良案 太郎杉は伐らないが、老杉六十一本の伐採が必要であり、残つた老杉に悪影響が考えられるほか、旧参道及び本宮の滝が失なわれ、五軒の物産店の移転が必要となる。延長二百八十四メートル、うちトンネル百三十九メートル、車道幅員十一メートル、工費二億三千二百万円、工期は二年六ケ月。
E 案 太郎杉をはじめ四十三本の杉の伐採を要し、残つた老杉にも悪影響が考えられる。延長五百六十メートル、うちトンネル百三十九メートル。日光橋附近は歩行者が多いので両側に二・五メートルの歩道をつけ車道幅員五・五メートル、工費一億七千七百万円、工期は二年。
 以上、前回から今回にかけて説明のあつた六案について審議が行なわれた。これらの案に対し各委員があげた問題点及び意見等は、次のとおりである。
 B案に対しては、
(1) トンネルに入る両側がオープンカットになるのでかえつて原案以上に風致上の支障性が大きくなるおそれがある。
(2) 御旅所を一時解体する必要が起り、杉の伐採も多くなる。
 D案に対しては、金谷ホテル裏の広葉樹林も立派な森林であり、これを伐ることはしのび難い。
 B改良案に対しては、
(1) B案の(1)と同様の問題点がある。
(2) 本宮の滝が失なわれる。
 A案に対しては、最も問題となる太郎杉等の老杉は台風による被害を受けてかなり「弱つていて、寿命はそう長くはないのではないか。
 この結果現地の調査を行なつて、これらの諸点を確認のうえ、結論を出すべきであるということとなつた。
 (注) 現地調査
     昭和三十九年三月十四日、審議会委員が現地調査を行なつた。
○第三回 昭和三十九年三月十九日(計画管理合同部会)
 現地調査に参加した委員の代表者から、大部分の委員はA案を実行するもやむを得ないとの意見であるが、一部にはB案支持の少数意見もあつた旨の報告がなされた。
 A案を実行するもやむを得ないとする主な理由は次のとおりである。
(1) 太郎杉をはじめ大部分の木がかなり損傷していて、木の勢がかなり弱いように見受けられ、また、最近相当の杉が倒れ、かなりすき間ができて台風等で倒れるおそれがあり、保存が困難であると考えられる程杉自体が貧弱になつていること。
(2) 命数がつきようとしている老杉をそのまま残すよりその後側に成長の速いかえで、とちなどの広葉樹を植えて風致を整え、その間に杉を植えておくのが永い将来を考えた風致対策として必要であること。
(3) 御旅所にトンネルを作る案(B案、B改良案、E案が相当)は、日光橋の正面に大きく口をあけたオープンカットの石垣が高くなるため、A案より風致上支障が大きくなること、出口部の滝附近の地形変更が大きく、好ましくないこと。
 以上の現地調査の所見に基づき、各案の検討がすすめられた結果A案が適当であるとの意味ではなく、A案も支障があるが、A案にまさる代案がないので、A案により実行するもやむを得ないとの趣旨でA案を認めることに大方の意見が一致した。
 これに対し、昭和二十九年の国立公園審議会の意見書の趣旨に照らし、元来産業道路と観光道路は分離して作つた方がよいのであるから、抜本的対策としてC案を採用すべきであるとの少数意見があつた。
 しかし、この意見に対しては、日光においては観光のための車道が必要であり、今回の道路は、観光を主目的とする車道として検討されるべきであり、C案は日光の最も重要な観光対象である東照宮、輪王寺などから離れすぎて産業道路としてはよいが、観光道路としては適当でないとの意見があつた。
 以上の審議を経て、部会長は、本件に関する裁決を行なつた。その結果は、A案によるもやむを得ないとする者が多数であつた。
 次いでA案により実行するに際し、工事施行に当たつて留意すべき事項につき審議を行ない、次の事項に留意すべきこととして、全員異議なくこれを適当と認めた。
(1) 神橋附近のすぐれた景観をなるべく維持するよう配慮すること。
(2) 伐採木を最少限度にとどめること。
(3) 工事に際し修景について充分留意すること。

道路改良計画比較案位置図