質問主意書

第24回国会(常会)

質問主意書


質問第四号

御母衣ダム建設に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和三十一年二月六日

木村 禧八郎      


       参議院議長 河井 彌八 殿




   御母衣ダム建設に関する質問主意書

 昭和二十九年六月十二日電源開発会社本社で、ダム建設の権威であるサベージ博士に対する質疑応答がなされた。当時の出席者は、大西顧問、石川理事、徳野富山建設所長、佐藤理事代理、広田地質課長、野瀬設計課長外六名の出席のもとに行われたものであるが、その討議要旨によると、つぎのような重要な質疑応答がなされている。
質問一〇 サベージ博士は既に数回に亘つて、御母衣の現地を視察せられたが、かかるサイトにこの様な高いダムを建設するということは、技術上及び経済上の問題を合わせて考えた高い立場から考えて、如何に考えられますか。
回答 この川に他にこれに代るべきダムサイトがあれは、それに代えたい。この川に他にダムサイトがないなら、近所の川にあるダムサイトを考えたい。
大西顧問質問 もつと判つきりと尋ねて、このサイトは一三〇米のダムを造るのに適した所か。
回答 アンユージユアルである。T・V・Aでもビユーロー・オブ・リクラメイシヨンでも、こんな基礎にこのようなダムを造つた例はない。これに一番近いのはシヤスターダムであり、幅約六米の断層が六ケ所あつたが、こんな難しい所は始めてだ。コーヅ・オブ・エンヂニヤは割合と地質の悪い所にダムを造つているが、私はコーヅ・オブ・エンヂニヤのことは詳しくは知らない。結論的にいえば、コンクリートでもロツクフイルでもどちらでも出来る。私個人としては、コンクリートダムが良いと思うが、安い方が良いのでないか。どちらにしても断層の処理は充分注意する必要がある。
 この時の討議事項は、六月十七日に、サベージ博士の第三報として正式に報告されている。「私は去る六月五、六、七、の三日間、御母衣ダムサイトを調査した。そして御母衣ダムに関し、貴社の技術者が提出した種々の質問に対し、私が解答するよう要請せられたので、その解答を次に記述する」という前書きがついて、高碕総裁あて提出されたものである。このサベージ博士の第三報では、前掲の「質問一〇」そのまま(総括的な質問)となつて、最後にあげられているが、それに対する博士の答は次の通りである。
答 このダムサイトは地質的には望ましくない条件をもつているが、私は慎重考慮の結果、このような好ましくない地質的条件を克服して、現在計画している高さのダムを設計して、安全に築造することが出来るものと考える。そしてこの地点に関する設計及び施工上の諸問題を解決するにあたつては、並々ならぬ慎重な注意(註、サベージ博士の原文ではアンユージユアル・ケアとなつている)を払わなければならないであろう。」
 以上の資料によつて、次の諸点が重要な問題点と考えられるが、それについて政府当局の回答を得たい。

第一問 討議の席上、つまり自由に自分の意志を述べ得る環境の下ではサベージ博士は明らかに御母衣のダムサイトに大きな不安をもつているものと考えなくてはならない回答を与えている。即ちこのダムサイトはやめて庄川の他の所に適当な場所を求めたい。それが駄目なら川を変更しても他に求めたいと答えている。さらにすぐつづいてなされた大西顧問の腹を割つた質問に対しては、アンユージユアル(異常)と答えている。技術者としてまたダム建設の権威者として、殆んど経験したことのない最悪の地質条件に、大きな不安をもつサベージ博士の本当にいいたいことが、ここには良心の声として語られていると思うがどうか。

第二問 正式の第三報では、同じ質問に対して、討議の席上とはやや違つた回答をしている。これは正式の報告書ということになると、サベージ博士が、技術者として自分の信じることを率直に述べられない環境―恐らく政治的な環境―が作られていたのではないかと考えられるがどうか。

第三問 しかしながら、これはサベージ博士がダムの権威者として、自己の良心に反する報告をしているとは解されないであろう。というのは討議の席上でも第三報の回答でも、質問のなかの非常に重要な点、つまり経済上このようなダムを造ることをどう考えるかという点には全くふれていないからである。これは明らかに経済効果を無視すれば、技術的にはダムの建設も不可能ではないという意味に解されるが、この点をどう思うか。

第四問 さらにダムを設計、建設するに当つては、アンユージユアル・ケアを必要とすると答えているところに、非常に重要な意味があると考えられる。これを、電源開発会社側では、「なみなみならぬ注意」と訳しているが、これは言葉の表面上の翻訳であつて、むしろ「異常な注意」或いはさらに「このような地質条件の上のダム設計や建設は、大変なことである」というように考えるのが正しいとする理由もある。サベージ博士はダムの建設は技術的には可能だが、経済的にはダム建設の可否について、全く答えていない。その博士の技術者としての良心をアンユージユアル・ケアの言葉のなかに読みとるべきではないかと考えるがどうか。

第五問 つぎに、経済的にダムの建設をどう考えるかという質問に、サベージ博士が答えていない理由の一つには、発電効果ということばかりではなく、ダムの建設が設計どおりに計画どおりに簡単にいくかどうか、地質条件がアンユージユアルであるから予想の出来ない事態、例えば掘さくが予定より遥かに増加するとか、思わぬところから水が湧き出すというようなことのために、設計変更を余儀なくされ、そのために経費の浪費がおこり得る、という場合が考えられるからであろう。これは決して架空のことではないので、すでに行政管理庁が「多目的ダム事業監察報告書」(昭和三十年八月)でのべているように、多目的ダムに国費が乱費されているという事例の大半が、御母衣ダムサイトと全く同じ地質条件、つまり破砕帯という、日本の地質構造の上で特徴的な岩石の破砕構造地帯にあることを思えば、御母衣の場合にもこの危険が大いにあると考えるのが技術的な常識である。ただ御母衣ダムサイトは実によく地質調査が行われている点は敬服に価する。しかしこのような徹底した地質調査をなさねばならなかつたところに、むしろ、ダムサイトとして問題があり、不安があると考えるのが正しい。さらに破砕帯のもう一つの特徴は、地質や岩石の状態が実に複雑で、猫の目のようにひどく局部的に変りやすいから、今日知られた知識はその範囲で正しいので、それをそのまま、直に周囲の地域に拡大することができないところにある。従つて周到な計画変更が必要となる場合も当然考えなくてはならないが、そのような不安はないといい切れるかどうか、この点を答えられたい。もし重要な計画変更がおこつたような場合、どのような責任をとるのか。
 以上のほか次の五点を質問する。

第六問 御母衣ダムを中心とする白川村と荘川村は、地質学的に庄川破砕帯ともいうべき東西の幅五―八キロメートルの大規模の破砕構造地帯である。従つて日本でも典型的な地辷り地帯の一つである。ダムサイトの付近にも、かつて大規模の地辷りをおこしたところが数個所あつて、ダムサイト自身も、ことに左岸にはその疑いがあるし、右岸にも地辷りのおこる可能性が少くない。こういう地質条件に対して、特別の考慮が払われているかどうか。また地辷り現象に対して、ロツクフイルダムの安全性をどのように考えているか。ダムの構造力学の上で、また地質学上からこの二点を考えられたい。

第七問 ダム地質学の権威といわれるニツケル博士の報告によると、御母衣ダムサイトには断層はあるが、これは活断層ではないから大丈夫だというように、簡単に考えている。しかし博士は地辷り現象について一言もふれていない。これは博士が米国の地質には明るいが、米国とは非常に違つた日本の地質構造については殆んど知識がないためである。この点についてニツケル博士を批判することはむろん正しくない。むしろ日本の地質学者(岩石学者ではない)、ことに応用地質学者の意見をきかずもつぱら米国依存に傾きすぎる日本の保守政治家や資本家の態度に問題があるが、一体ロツクフイルダムの提唱者は、そのニツケル博士であつて、サベージ博士はむしろコンクリートダムの方がよいと考えていることは、両博士の報告書やその他ダムサイトの調査の経過書類によつて明らかである。日本の地質構造については殆んど経験のないニツケル博士に依頼した理由について聞きたい。またニツケル博士は日本の地質の一つの著しい特徴である地辷り現象については一言もふれず、地質学上むしろめずらしい活断層という現象だけに目をとめているが、この点の矛盾は地質学者や技術者は容易に気がつく筈である。日本の地質構造の特徴にくらいニツケル博士の報告書は従つてあまり信用できない。日本にもすぐれたダムの地質学者や技術者がある。そういう人々のこの点についての責任のある意見、特にダムの保全という立場でどう考えるかを聞くべきであると思うがどうか。

第八問 ニツケル博士は御母衣のダムサイトの断層は活断層ではないといつているが、その証明はできていない。破砕帯つまり地辷り地帯では、豪雨、または地震の際にこのようなところ、或いはその周囲が動き活断層とも見るべき基盤岩石の運動がおこることは日本では多くの経験をもつている。とくに御母衣と同じような地質条件のところでは地震のときに動くことが知られている。この点をどう考えるか。御母衣ダムサイドには、そういう不安がないという責任のある技術的保証を得たい。

第九問 破砕帯であり、地辷り地帯である以上、ダムサイトに地下水の湧出が考えられるし、現に湧出地点も少くない。また調査中にも坑道ぼりの際に諸所で湧水のあつたことがわかつている。もし建設工事が開始されれば、さらに多くの湧水が予想される地質であると思われるが、この点をどう考えるか。さらにもしダムができ上つて貯水が完了すると諸所で予想外の湧水のおこることがあり得ると思わなくてはならないが、この点をどう考えているか。これはまたダムの保全、とくにロツクフイルダムの場合には非常に重要な問題点であるが、この点についてどのような技術的確信があるかを聞きたい。

第十問 最近新聞の報ずるところによると(朝日新聞一月十三日と二十日)世界銀行の借款を再び折衝したいと電源開発会社総裁が語つたとあるが事実かどうか。またそのために、米国の会社に設計をさせたいといつているが、日本の技術は信用できないのか。ロツクフイルダムの経験は少ないといつているが、すでに日本でもできている。これ以上米国に依存する必要があるのかどうか。