質問主意書

第19回国会(常会)

答弁書


答弁書第八号

内閣参質第八号
  昭和二十九年四月二十日

内閣総理大臣 吉田 茂      


       参議院議長 河井 彌八 殿

参議院議員青山正一君提出対中共並びに韓国漁業問題についての質問に対し、別紙答弁書を送付する。



   参議院議員青山正一君提出対中共並びに韓国漁業問題についての質問に対する答弁書

一、いわゆる李承晩ラインは公海自由の原則を建前とする確立された国際法並びに国際慣習を無視したものであるので、その宣言当時すでにわが国はこれを認め得ぬ所以を韓国側に申入れてあるほか、韓国艦船の本邦漁船に対する不法拿捕その他の不祥事件が発生する都度、在京韓国代表部を通じて韓国政府に厳重抗議し、先方の反省を求めている。韓国側の不法拿捕がいわゆる李ライン外で行われ、また、単に同ライン内を通航中の船舶について行われた事例については、すでに正式文書をもつてその不法なる所以を強く抗議したところであり、さらに、わが政府公船第二京丸及び「さど」を拿捕したことに対しても、それが公海自由の国際法上の原則を無視するものであることは勿論、一国の公船が公海においては完全に本国の法権の下に立ち、外国の干渉を受けるものでないとする国際慣例を無視した重大な不法措置として厳重申入れを行つた。強制をもつて李ライン侵犯の自認書を徴し、また今後李ライン内に立入らぬ旨の念書を提出させるがごときは全く無法な所為というほかなく、わが方がこれに何ら拘束されるものでないこと勿論である。

二、李大統領のいわゆる海洋主権宣言は、国防上の必要をその宣言の根拠の一としているふしもあるが、実際にはむしろ天然資源を確保しようとするのがその有力な根拠であるように考えられる。しかし、いずれにせよ、かかる広汎な公海上に一方的に国の主権を及ぼすようなことが国際法上到底認められないという点が問題なのであつて、これは戦乱の継続とか終結とかに本来何ら関係を有しないことである。

三、日韓間の貿易は、わが方の著しい出超であり、その改善のため出来うる限り韓国品の輸入を行うべきであると考えている。海苔の輸入についても、目下関係庁間で協議中である。

四、わが国としては引続き米国のあつせんにより日韓会談を再開するため鋭意努力を続けて行く所存である。従来米国が好意あるあつせんの労をとつてくれたにもかかわらず、韓国側は未だに前回会談におけるわが方代表の発言にこだわり会談再開の運びに至つていないが、わが方としては、いわゆる久保田発言をめぐる韓国側の誤解をとき、早急に会談を再開して、互譲の精神にもとづき会談を妥結にもたらすよう努力している次第である。

五、目下の中共政府との関係ならびに先方の態度などからみて公式にも非公式にも、政府間の話合の途を開くことは困難である。

六、
(1) 中共側の漁船拿捕は是非中止せしめ、何等か話合をつけたいと存じ一昨年インド政府に対し中共との間のあつせんを依頼したが、具体化するに至らなかつた経緯もあり、なお検討中である。
(2) 本件は何等かの方法があれば出来得る限り早く解決致したいが目下の所適当な方法もないので已むを得ず出漁船の現地における監督と保護とに力を注いでいる現状である。

七、種々臆測せられるが特別の情報はない。

八、最近青島から門司へ二隻二十五名の帰還をみた、右二隻のもたらした情報によれば更に二隻に対し帰還の許可があつたが修理を要するので多少遅れるだろうとのことであるが、その他については別段の情報を入手していないし確認の方法もない。

九、漁船の出漁に当つては漁業者も注意しておりまた現地においても監視船をもつて監督しているので中共領海侵犯等の事実はなく、又中共本土から相当離れた明白な公海上で操業しているので別段誤解を招く理由はないはずであり、前述第七項同様その真意は明白でない。

一〇、現在、朝鮮近海及び東海々域に常時海上保安庁巡視船四隻と水産庁漁業監視船二隻を派遣行動せしめ、日本漁船のだ捕、襲撃等の危険防止にあたらしめているのであるが、最近においては、韓国は海洋警察隊を逐次増強し、同隊警備船によりいわゆる「李ライン」の警備、取締を強化し、又東海方面においては武装漁船を含む中共漁船団の進出操業が著しくなり、だ捕襲撃事件がひん発している状況にかんがみ、去る三月一日より水産庁と海上保安庁は、第七管区海上保安本部(門司)内にだ捕事件対策本部を設け、それぞれ現地機関の協力、連携を一段と緊密にし通信の運用並びに監視船及び巡視船の運航等について、その総合的運用を計り、現場におけるだ捕防止対策を更に一層有効適切に実施するよう努めている。
 又本年に入り朝鮮東岸における本格的操業は行われていなかつたのであるが、最近以東底曳漁船三隻がだ捕されたとの情報があるので、その事実の調査、確認に努めるとともに、済州島周辺海域のサバ漁期ともなるので、これらの海域における日本漁船の操業状況を勘案して近く更に巡視船及び監視船の増派を考慮し、日本漁船の操業の安全維持とだ捕、襲撃等の危険防止に努力する所存である。

一一、今般のジュネーヴ会議は開催の経緯から見て朝鮮問題については、政治会議を基本とする諸問題の国際的解決方式を討議することが主眼となつているので日韓間の問題解決のため利用するには不適当と認められる。なお政府として、同会議に対してオブザーヴァーの派遣は考慮していないが、同会議の推移には深甚な関心を有しているので、関係在外公館長をして同会議に関する報告に遺漏なからしめるよう措置している。

一二、
(1) 韓国側の不法行為によつてわが国関係者の蒙つた一切の損害は当然韓国側においてこれが賠償の責に任ずべきであり、わが方としては、事件発生の都度文書をもつて先方に対し、右損害に対し妥当なる賠償を要求する権利を留保するものなる旨を申し入れてある。
(2) 又公海における中共の不法行為によつて本邦漁業関係者が蒙る損害の賠償要求の可能性については目下、研究中である。
 しかし中共との間に国交がなく、かつ複雑な現在の国際情勢の下では中共に対してその賠償要求を行うことは遺憾ながら不可能である。
(3) 中共又は韓国による不法な拿捕又は抑留の被害を蒙つた漁業者に対する国内措置としては、被拿捕船の代船建造については漁船の特殊保険制度の活用、抑留中の乗組員の給与の保証については、漁船乗組員給与保険の措置を講じているのであるが、昨秋いわゆる李ライン問題に関連して不測の抑留を蒙つた零細漁業者に対する応急措置としては「指定海域における漁船の被害に伴う資金の融通に関する特別措置法」に基き農林漁業金融公庫に特別の資金枠を設定して代船建造を促進し、更に特定の期間、韓国によつて不法に抑留された乗組員に対しては救済のための補助金を支給した。
 なお今後においては右の特殊保険並びに漁船乗組員給与保険への加入を極力奨励し、それぞれの保険制度による救済を行うこととしている。