質問主意書

第19回国会(常会)

質問主意書


質問第一〇号

水爆実験のわが国漁業に及ぼす影響についての質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和二十九年四月二十六日

青山 正一      


       参議院議長 河井 彌八 殿



   水爆実験のわが国漁業に及ぼす影響についての質問主意書

一、本年三月一日米国の信託領たるビキニ環礁において行われた水爆実験は、当時明かに危険告示区域外において行動していたわが漁船に甚だ悲惨なる影響を与え、これに関連して種々な問題を生じ、一般国民にまで大きな衝撃を与えたことは、周知の如くであるが、予め一定の危険区域を定めて、これを告示したと否とにかかわらず、公海にかかる区域を設定すること自体が、現行国際法上の公海自由の原則を侵犯するものではないか。

二、水爆実験が、領土領海内において行われたものであり、唯その結果が近接の公海にわたり或影響があつたとしても止むを得ないであろうとの見解があり得るにせよ、それが既に他国の正当な漁業に重大な危害を及ぼすに至つた場合に、容認され得べきであろうか。

三、若し本件が、国際法上の公海自由の原則を侵犯するものとせば、李承晩ライン宣言、アラフラ海海棚領有宣言等の場合と同様の態度をもつて、断乎抗議すべきではなかつたか。

四、或は説を為して、本件の場合は、李承晩ライン宣言等の場合と異なり、単に特定国家の利害に基くものとは性格を異にするが故に、大局的見地から同一視し得ないものがあると。然しながら本件が国際法上その根本法理を異にするものと考えられないばかりか、かくては遂に李承晩ライン宣言等に対する従来のわが主張の正当性をも自ら否定するに至るの恐はないか。

五、水爆実験が、米国関係科学者すら予想しなかつたほどの猛威を示したと称せられていることから推論して、仮りに広汎な危険区域を設定したからとて、危険そのものを局限し得ると能く保障し得るや疑うべく、実験そのものを中止する以外に、対策があり得ないのではないか。

六、若しそれ危険区域の拡大に至つては、そのこと自体に問題があるのみならず、わが国にとつての重要漁場が益ゝ制限されることとなり、例えば中型マグロ漁船は事実上出漁不能となり、大型漁船の場合も、迂回コースを採らざるを得ない為め、経営上の不利不便甚しきものがあるのであるが、米国政府はかかる事情を重大視していないのではないか。

七、水爆実験に因り、特定の漁船及びその従業員が、直接蒙つた有形無形の損害、損失は勿論、水産物の生産流通両面にわたり、わが業界の受けた損害損失は、蓋し莫大な額に達するものであるが、今後実験が継続する限り一層増大すべきは必至である。これらは当然、米国側の責任に帰すべきものと信ずるが、この点につき政府は如何なる見解を有し又その遂行につき如何なる対策が準備せられているか。

八、漁船の帰航にあたり、これまで実施せられた処置には、遺憾な点が少なくなかつた。殊に例えば、一尾の魚体に百カウント以上の放射能が検出せられたことを理由として、当該漁船の漁獲物の全部又は殆ど大部分を遺棄せしめた如きは、果して適当の措置といい得るであろうか。今後この種の処置に万全を期する為め、如何なることが用意せられているか。

九、無害の魚類についてすら、一般に過度の警戒心がもたれていることは、畢竟無理解のいたす所であるにせよ、それが生活必需品たる魚類一般の需給に影響を及ぼすことは、単に関係業者の利害問題に止まらず、さらでだに動物性蛋白質の摂取量の過少を憂慮せられているわが国民の保健栄養上看過し難いところである。この際、不安除去というが如き消極姑息の態度からではなく、寧ろ進んで魚食の啓蒙的対策を強力に推進すべきではないか。

十、今回の事件に関連して、わが国の科学研究施設殊に水産関係の方面において、種々の不備欠陥が指摘せられているのであるが、この機会にこれらの施設に検討を加えて、原子力時代に対応して遺憾なくその機能を発揮し得る様、拡充強化すべきではないか。

 以上は、最近わが国が当面した重大案件がわが水産業界に極めて深刻な不安を与えているのであるから、この際、政府の所信、対策を、詳細且つ具体的に明示せられんことを切望するものである。