質問主意書

第186回国会(常会)

質問主意書


質問第一〇八号

営業秘密保護法制定の必要性に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十六年五月二十六日

藤末 健三   


       参議院議長 山崎 正昭 殿



   営業秘密保護法制定の必要性に関する質問主意書

 近年、内外で活動する日本企業が蓄積している特許などの産業財産権のみならず、研究開発の成果、生産技術、実験データ、顧客名簿などの営業秘密が社外や外国に無断で持ち出されるケースが頻発している。
 コンピュータソフトと電子機器の発達によって、モノ作りの現場はバーチャルエンジニアリングが主流になるとともに、企業の競争力は産業技術だけでなく営業秘密にも大きく比重がかかってきた。
 我が国は、不正競争防止法(以下「不競法」という。)によって営業秘密を保護しているが、法の適用条件が厳しく、また、裁判における被害者の立証責任が重いなどハードルが高く、機能的でないとの指摘が出ている。
 米国、韓国、中国などでは、営業秘密の漏えいは非親告罪とし、罰則も強化するなど刑事的保護を強化しており、このような国際的な流れの中でも我が国の営業秘密保護制度は遅れていると指摘されている。
 こうした状況を踏まえ、営業秘密保護について、課題を調査分析し、課題に対応した不競法から独立した営業秘密保護法(仮称)の制度を確立すべきと考える。
 そこで、以下質問する。

一 実態調査の必要性

 公表されている近年の営業秘密の漏えい事例をみると、①ニコン事件(二〇〇六年八月十日)、ニコングループの元主任研究員が、軍事用の光学通信関連技術を在日ロシア通商代表部職員のロシア人に渡したとして、警視庁公安部は二〇〇六年八月十日、二人を窃盗の容疑で書類送検した。書類送検されたロシア人は裁判所に出頭する命令を受け取った後にロシアに帰国した。②デンソー事件(二〇〇七年三月十六日)、デンソー(本社・愛知県刈谷市)の中国人技術者が、自動車関連製品の図面を大量にダウンロードした会社のパソコンを無断で持ち出したとして、愛知県警外事課と刈谷署は二〇〇七年三月十六日、刈谷市在住の容疑者を横領の疑いで逮捕した。最重要ランクの企業機密二百八十種類を含む、製品千七百種類のデータ、約十三万五千件が不正に持ち出されていた事が判明した。③ヤマザキマザック事件(二〇一二年三月二十七日)、工作機械大手ヤマザキマザックのサーバーコンピュータにアクセスし、同社の秘密情報を複製したとして、愛知県警生活経済課などは二〇一二年三月二十七日、同社社員で中国籍の容疑者を不競法違反容疑で逮捕した。④新日鉄住金・ポスコ紛争(二〇一二年四月十九日)、新日鉄住金は、ポスコと、日本法人「ポスコジャパン」(東京都中央区)、新日鉄で研究開発部門にいた元社員を相手取り、東京地裁に技術盗用を理由に損害賠償を求める訴えを起こした。同社は米国でも、ポスコを相手取って四月二十四日に提訴した。問題の鋼板は「方向性電磁鋼板」であり、電気を各家庭に送るための変圧器に広く利用される特殊な鋼板である。高機能の電磁鋼板の生産規模は、世界で年間約百万トン生産されており新日鉄は世界シェア約三割のトップメーカーである。しかしポスコも二〇〇四年から二〇〇五年にかけたあたりから急激に品質を向上させ、現在のシェアは約二割になるとされる。⑤東芝事件(二〇一四年四月三日)、東芝のフラッシュメモリーの研究データを韓国の半導体大手「SKハイニックス」に違法に流出させたとして、東芝の提携先の元従業員が逮捕、起訴された。同時に東芝はSKハイニックスに対し、約千百億円の損害賠償請求の訴えを起こした。
 このような事例がある中、営業秘密保護強化に向けて解決すべき課題について、より詳細な調査を行うべきだと考えるが、政府の見解を示されたい。

二 営業秘密保護の法制度の必要性

 従来、我が国では営業秘密の保護は不競法で行ってきた。法的に権利化されなくても、自社が知的財産として確立した営業秘密を社員が無断で外部に持ち出したり、ライバル他社に持ち込んだりすることはもちろん法で禁止している。しかしそれを承知で持ち出してライバル社に就職したり、報酬と引換えに他社に漏らすケースが後を絶たなかった。
 特に、外国へ持ち出した場合は手の打ちようがなく、日本の技術・情報などの国外流出として大きな問題になっていた。こうした不正を根絶するため、営業秘密の一層の保護強化と模倣品・海賊版の流通被害を防止するため、政府は数回にわたって営業秘密の保護強化、罰則の見直しを行ってきた。
 平成十七年の改正では、国内の企業で管理されている営業秘密を外国で使用又は開示した者にも罰則を拡大、営業秘密が関係する民事訴訟で、裁判所の秘密保持命令が出ているのに国外でこれを開示した場合も処罰の対象となった。
 しかし、現行不競法は、営業秘密の厳密な管理をするように求めているうえ、裁判において相手企業が盗んだ技術を使っていることを立証する必要があるなど立証責任が重く、訴える側の企業にとってハードルが高いものとなっているとの指摘がある。
 日本企業から営業秘密が漏洩された事件は前述したとおりだが、こうした実態は氷山の一角であり多くの重要な営業秘密が外国に流れ、我が国の産業競争力に重大な影響を与えていると推測されている。
 経済産産省が平成十八年に、国内製造業三百五十七社を対象に行った技術流出の実態調査によると、三十五パーセントを超える企業が、技術流出が発生したと回答している。八年前の調査になるが、実態は当時からほとんど変わっていないとみられている。
 技術流出先の約六十四パーセントが中国、約三十四パーセントが韓国と回答している。もちろん、国内企業などへの流出もあるが、日本企業の場合、特に中国・韓国への技術流出が大きな問題になっている。このような状況に歯止めをかけるためにも営業秘密保護法を制定することは、近隣諸国・地域に対する政府の知的財産保護の確固たる姿勢を見せるメッセージともなるだろう。
 他国を見ると、米国、ドイツ、韓国、中国などでも営業秘密保護については法制度を整備している。米国では「経済スパイ法」で強力な取締りを行っている。さらに韓国は「不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律」だけでなく二〇〇六年十月には「産業技術の流出防止及び保護に関する法律」を制定した。同法第一条(目的)は「この法は、産業技術の不正な流出を防止し産業技術を保護することにより国内産業の競争力を強化し国家の安全保障と国民経済の発展に貢献することを目的とする。」とあるように、産業技術を保護することに特化した法制度である。このような法制度は、自国企業の技術が外国に流出することを想定して防止策を講じたものであろう。
 また、先ごろ、中国で最も多く利用されている検索エンジン「百度(バイドゥ)」の中にあるデータ共有サイトの「百度文庫」に、大量の日本企業の内部資料が掲載された。百度文庫は、いつでも誰でも無料で閲覧できるサイトである。ここに日本のソニー、トヨタ自動車、キヤノンなど有名企業の内部資料が、多数アップされた。日本企業に勤務していた中国人従業員らが、競うようにしてアップロードしたものと推測されているが、幸いにして経営上に重大な影響を与えるような内容はなかったとされている。しかし、日本企業の機密情報の社内管理が、かなり甘いのではないかとの印象を内外に与えた。
 日本と日本人は古来から性善説に立つとされ、情報漏えいを想定して厳格に管理し、情報漏えいに対し刑事罰として訴追するような発想は持たなかった。しかし、IT(情報科学)をツールとした技術革新の時代になると、産業技術のような無体財産は積極的に保護しなければ流出は避けられないものとなった。
 海外へ重要な技術情報が流出するのを防止するには、営業秘密保護強化に向けた政府の断固たる姿勢を示すためにも不競法の改正ではなく、国際水準の特別法を早急に制定する必要があると考えるが、政府の見解を示されたい。

  右質問する。