質問主意書

第168回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一一四号

証拠の標目及び特信情況に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十年一月十五日

峰崎 直樹   


       参議院議長 江田 五月 殿



   証拠の標目及び特信情況に関する質問主意書

 裁判において、証拠の標目及び特信状況については、現行刑事訴訟法における規定と戦前の旧刑事訴訟法及び戦時刑事特別法における規定に違いがある。
 そこで、以下質問する。

一 証拠の標目について

 現行刑事訴訟法第三百三十五条第一項は、「有罪の言渡をするには、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならない。」として、判決文における犯罪事実及び証拠の標目並びに法律理由の開示を求めている。しかし、刑事訴訟法の原則からすれば、事実の認定は証拠による(刑事訴訟法第三百十七条)とされているのであるから、有罪の判決を言い渡すためには、「罪となるべき事実」(犯罪事実)と証拠によりそれを認めた理由(証拠理由)及びそれに適用した法令(法律理由)を明示しなければならないと理解するところである。ところが現行刑事訴訟法によれば、判決文において、証拠により事実を認めた理由は開示する必要がなく、それに代えて証拠の標目だけを示せばいいということになっている。一方で、戦前の旧刑事訴訟法(大正十一年五月五日法律第七十五号)においては、原則どおり証拠理由の明示が求められていたことが判明した。旧刑事訴訟法第三百六十条第一項では、「有罪の言渡を為すには罪となるべき事実及び証拠によりこれを認めたる理由を説明し法令の適用を示すべし」(仮名遣いは現代仮名遣いに変更)と規定している。
 戦前のまともな証拠理由の明示から、戦後の証拠の標目への改正は、東條英機内閣時代の戦時刑事特別法(昭和十七年二月二十三日法律第六十四号)により行われた。太平洋戦争の激化に伴い、米機空襲による夜間灯火管制が行われるに至り、裁判官も証拠理由を明示した判決書を、暗闇の中で書くことなどできなくなったためである。戦時刑事特別法第二十六条の規定では、「有罪の言渡を為すに当り証拠によりて罪と為すべき事実を認めたる理由を説明し法令の適用を示すには証拠の標目及び法令を以て足る」(仮名遣いは現代仮名遣いに変更)とされている。また、戦時刑事特別法第一条において、「戦時に際し灯火管制中又は敵襲の危険その他人心に動揺を生ぜしむべき状態ある場合」という文言で始まっているように、戦時下の特殊情況においての刑事訴訟法の特例を定めたものである。
 したがって、戦後の刑事訴訟法では、当然に証拠理由の明示へと戻しておかなければならなかったはずであるが、なぜか、戦時刑事特別法による証拠の標目が、終戦後六十二年も経過した現在まで残っている。
1 戦前の旧刑事訴訟法の証拠理由が、現行刑事訴訟法による証拠の標目に置き換えられた経緯は、私の調査による理解のとおりと考えてよいか政府の認識を示されたい。また、政府の認識が私の理解と異なる場合は、政府の認識を示すとともに、私の理解と異なる理由を示されたい。
2 戦時下において、刑事訴訟法の原則を曲げることになるものの、緊急避難的にやむを得ずとられた措置が「証拠の標目を以って足る」という規定だったのであるから、一九四五年八月に終戦を迎えた以上、現在の平和な時代においては、当然に証拠理由へと戻すべきと考えるが、政府の認識を示されたい。
3 戦時刑事特別法による緊急避難的な証拠の標目規定が、戦後六十年間も改正されず放置されてきたのは、どのような理由によるものか明らかにされたい。

二 特信情況について

 現行刑事訴訟法は、第三百二十一条(被告人以外の者の供述書・供述録取録の証拠能力)第一項第二号後段では、「検察官の面前における供述を録取した書面については、公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異った供述をしたとき。但し、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。」(抜粋)とされており、特信情況の下における検察官面前調書(以下、「検面調書」という。)の証拠採用を認めている。
 そこでこの特信情況についても、私がその起源を調べてみると、これまた戦前の旧刑事訴訟法にはないもので、戦時刑事特別法によって出てきたものであることが判明した。旧刑事訴訟法第三百四十三条では「被告人その他の者の供述を録取したる書類にして法令により作成したる尋問調書にあらざるもの」(抜粋)(仮名遣いは現代仮名遣いに変更)とされている。戦前は予審制度がとられていたため、ここでいう「法令により作成したる尋問調書」は予審判事の作成した尋問調書を言い、検面調書は該当しない。すなわち戦前の旧刑事訴訟法においてすら、検面調書は証拠として認められていなかったのである。もちろん特信情況を定めた条項もない。
 このとき、戦時刑事特別法は、既に昭和十七年二月二十三日に成立していたのであるが、翌昭和十八年十月三十一日に、東條英機内閣は、その戦時刑事特別法を更に改正し、検面調書の証拠採用を認めることとしたのである。旧刑事訴訟法改正第二十二条の三の規定では、「裁判所又は予審判事相当と認むるときは証人又は鑑定人の尋問に代え書面の提出を為さしむることを得」(仮名遣いは現代仮名遣いに変更)とされている。ここでも、「戦時に際し灯火管制中又は敵襲の危険その他人心に動揺を生ぜしむべき状態ある場合」なので、緊急避難的にやむを得ず、監禁下の密室で作成されたためその信用力に大いに疑問のある検面調書が、証拠として認められることとなったのである。そして戦時刑事特別法のこの規定が、終戦を経て現行刑事訴訟法へと移行するに際して、特信情況へと形を変えて生き残った。それが戦後六十二年を経た現在まで継続している。
1 戦前の旧刑事訴訟法にはなかった特信情況の規定が、現行刑事訴訟法で導入された経緯は、私の調査による理解のとおりと考えてよいか政府の認識を示されたい。また、政府の認識が私の理解と異なる場合は、政府の認識を示すとともに、私の理解と異なる理由を示されたい。
2 戦時刑事特別法は、太平洋戦争が激化して、もはや予審判事が悠長に尋問調書を作成している余裕がなくなったことを理由として、検面調書の証拠採用を認めたのであるから、一九四五年八月に終戦を迎えた以上、現在の平和な時代においては、当然に特信情況を理由とした検面調書の証拠採用を認める特信情況規定は廃止すべきと考えるが、政府の認識を示されたい。
3 戦時刑事特別法による検面調書の証拠採用と特信条項規定が、戦後六十年間も改正されず放置されてきたのは、どのような理由によるものか明らかにされたい。

  右質問する。