質問主意書

第142回国会(常会)

質問主意書


質問第二五号

食料・農業・農村基本問題に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十年六月十七日

阿曽田 清   


       参議院議長 斎藤 十朗 殿


   食料・農業・農村基本問題に関する質問主意書

 政府は昭和三六年に制定された農業基本法改正に向け、内閣総理大臣の諮問機関である食料・農業・農村基本問題調査会(以下、「調査会」という。)を設置し、本年夏の最終答申に向け、鋭意検討を進めている。
 審議会等での検討は、議会の立法権はもとより、内閣の意思を拘束するものではない。問題は審議会等の問題意識が世論の代替機能を果たすものとして事実上扱われ、議会政治の形骸化を招いている点にある。しかも、昨年末に公表された中間とりまとめによると、食料自給体制の構築、食料自給率目標の設定、株式会社による農地取得、中山間地域に対する直接所得補償政策の導入、の四点について両論併記する中途半端な内容となっている。
 今農政に求められるものは、単なる一産業としての農業振興ではなく、我が国固有の歴史に基づく国土計画、地域整備の在り方、ひいては地球規模の食料需給動向も視野に置いた総合的政策のビジョンを示すことであり、今日まで等閑視されてきた第一次産業のもたらす環境・文化への効用、農業従事者の地位についての問題提起であり、そしてこれらを解決するための合意形成に向けた道程を示すことであろう。
 このような視点に立って以下、質問する。

一 農業は自然を利用しつつ、その再生産を可能とする産業であり、自然環境の維持を図るという課題を実現する上で林業・漁業とも相互に関連して位置づけがなされるべきではないか。山林から川を下って流れ出る各種の無機物が魚を育てる事実もある。今回首相が対象産業として農業のみ取り上げて諮問した理由を示されたい。
 また、林業及び漁業に関わる基本法制についても、同様の視点から見直しの意向はないか。さらに農林水産業を包括した基本法を検討する考えはないか、見解を示されたい。

二 食料自給率目標の設定については、平成八年の総理府世論調査によれば「外国産より高くても、食料は生産コストを引き下げながらできるだけ国内で作る方がよい」等の国民の意向が確かめられており、日本型の食生活・食文化の維持の観点から、積極的に対応すべき課題であろう。自給率目標の設定には生産資源の把握、農業従事者の維持、生産基盤の確保、農地の保持、が不可欠であり、さらには品目別自給率設定も求められる。
 農水省は、今後、農業従事者の減少は不可避であり、農地維持が困難との資料を調査会に提示し、さらには自給率設定は断念した、との報道もなされている。
 しかし、課題の設定が問題である。そもそも、海洋法条約発効により管理型漁業が求められている漁業を含め、第一次産業による供給可能な食料資源自体を把握、算定した上で不足量の確保に臨むべきではないか。調査会には世界食料需給モデル及び食料安全保障上の緊急事態(三ケース)に対応した供給体制のシミュレーションが示されているが、生存に必要なカロリー量の確保を国の責務として求めるものとなっていない。平時一日一人当たり食料必要量を三三〇〇キロカロリーとし、非常時二三〇〇キロカロリーを想定して輸入停止に備えるスイスの自給計画を参考に我が国として非常時における自給計画についてどのように考えているのか具体的に示されたい。

三 農業従事者の確保については、その生活基盤、就労基盤の安定が不可欠である。この点、生活環境においては、依然として人口一〇万人以上の中都市に比べて、町村部は社会資本・衛生・教育・文化・医療の面でいずれも大幅に遅れている。就労基盤については、サラリーマンに比して、公的退職金制度・労災保険制度での事実上の格差が解消されていない。農業従事者の地位向上に向けて、公的退職金制度として機能する小規模企業共済の受付窓口の農協への開放、労災保険制度の農業者の包括的特別加入制度への改定について、以下二点について事実と見解を示されたい。

1 町村部における、普通銀行本支店、信用金庫・信用組合本支店、農業協同組合金融取扱店舗、郵便貯金取扱局の各金融機関支店の直近の数を示した上で、このうち後二者に小規模企業共済の取扱いを認めていない理由と今後の対応。
2 労災保険制度の特別加入者の加入制度別の対象者数と加入者数の制度創設・改定時を踏まえた推移を示すとともに、そのうち農業者の加入率、加入者数を他の特別加入者と比較しどのように評価しているか。

四 農業基本法が掲げた農業従事者の社会的経済的地位の向上という目標の次には文化的地位の確立が望まれる。とりわけ我が国農業は、江戸時代において農地の開墾により三倍に増えた人口を支え、後期には商業生産をも独自に展開し近代工業国家日本の礎を築き上げるなど、経済発展史上輝かしい歴史をもつ。
 農業の歴史は切り開かれた大地の個性であり、地域の主張である。こうした自立と起業、連帯と協業の精神は、地域に根付いた農村社会の各種の文化的風習・伝統芸能さらには人為により築き上げられた農村の景観に息づいている。これを維持することは、現在の家族経営を主体とした農村の自立と協業の精神を次代の農業従事者へと継承を図るためには不可欠である。
 農業改良普及員は、こうした文化事業支援も視野に入れて農業振興に当たる側面があるが、郷土芸能・農村文化・景観などの把握状況、維持と具体的助成策について示されたい。
 また、有形無形の文化財保護にあたる文部行政との接点で、このような農業文化の特殊性・独自性はどのように配慮されているのか、政府の取り組み例を示されたい。

五 優良農地確保のためには、農地法、農業振興地域の整備に関する法律が定められており、また土地基本法、国土利用計画法においては憲法第二九条第三項の公共の福祉に基づく土地処分権についての制限を土地に関する権利の移転等の許可(国土利用計画法第四章)、遊休土地に関する措置(同第六章)等の規定で実定化している。しかも、後者は実際にも機能しており(遊休土地の通知一七件・平成九年度土地白書)、背景には土地の公共性を踏まえて、所有者はその土地を有効活用するべきという七割に達する世論の支持がある(平成八年度土地白書)。
 このような例に鑑み、農地についても農業経営基盤強化促進法第二七条による遊休農地の是正制度、農業振興地域の整備に関する法律第一五条の七による特定利用権制度を活用することが考えられる。さらには憲法も正当な補償によっての財産の収用を認めており、とりわけ、土地については国土整備、農地については国民の生存権確保、環境権維持のため、法的な制限は許容されるべきである。このため、食料の安定確保、そのための農地の確保のためには耕作放棄地、荒廃地につき、農地確保を強力に推進することも考えられる。かつて農地保有の合理化を図るため、農地管理事業団法案が二度にわたり内閣より提出された経緯も参考になろう。

1 調査会は、農業基本法の改正を目指すものとされ、これに伴い農地法を始めとする農地法制の改正も必要となろう。現行制度の下で遊休農地の解消、特定利用権制度の活用が進まない詳細な理由を示されたい。
2 土地利用基本計画は、現行五種の地域区分に基づいて策定され、なかでも農用地や森林地の計画管理は、食料の安定供給にとどまらず、環境の維持・保全に不可欠の施策である。世論調査によると六割強の者が生活の便利さより自然とのふれあいを求めており、この要請に応えるためには自然再生産産業としての農業が環境にどのような影響を与えるかの把握が必要となる。
 さらに、減少の一途をたどる農地の維持・確保を図るには農地にかかわる権利の調整の在り方についての検討も必要となる。
 これらの点について調査会において現在に至るまで、環境庁・国土庁からヒアリングがなされていない理由を示されたい。

六 現行農地法は、耕作者主義を定め、小作人の地位にあった多くの農業者の社会的地位の向上を図るとともに、農地集積・協業の推進等による経済効率向上により経済的地位の向上を図ろうとするものである。ところが、前述の諸課題を前に、株式会社の農地取得の検討が調査会中間とりまとめに盛られることとなった。検討の理由は、農業従事者の減少により、耕作農地の維持が図れず、食料を安定供給するために、効率的な株式会社による農地の取得を認め、農業生産の向上を図るというものであるが、到底農業者の合意は得られないと考える。
 農業者の危惧は、現行でも認められている法人経営、大規模経営の導入にあるのではなく、株式の自由譲渡性にある。農業の特殊性、とりわけ、農地の維持には水利や災害、協業などの面で相互扶助の必要があり、専任経営者が現地にいないことに伴う問題や、営利活動を旨とする企業が地域での相互扶助になじむかどうかという疑念である。現行農地法においても、有限会社の農地取得は認められているが、調査会の議論ではこれを起点に検討されているようには思えない。また、現行有限会社の農地保有も昭和三六年までは賃借権に限定されていた経緯もある。さらに、株式会社であっても、現行法上農地は開墾によって切り開くことも自由である。

1 有限会社形態を活用した農業経営の実情を示し、なぜ、株式会社による農地の取得が求められているのか、また、この場合現行農地法の耕作者主義との整合性を取り得るのか見解を示されたい。
 また、今後調査会の論議の進行にあたり、現在農業を営む者の関与する生産法人の発展を議論の中心に据えるのか、あるいは経済団体の規制緩和の要望への対処を優先させるのか、その方針を示されたい。
2 経済団体等が株式会社による農地取得の要望を重ね、既に検討が始まっているが、一般に株式会社が農地を開墾し、農家に分譲した例はあるか。あるいは、山林やリゾート地等を農地へ転用し、農業経営を断念した例があるかを示されたい。
3 諸外国において株式会社の農地保有が認められる制度を採用する国の例と、事業に成功している具体的な会社の規模、事業内容、経営状況を示されたい。
4 農水省では、平成七年度農業白書において、中山間地域での雇用促進のために企業誘致の検討を課題として取り上げた。一方で、調査会では株式会社の農地取得へと検討課題が変化している。雇用確保のための企業化の問題から、企業経営基盤確保のための農地取得へと検討対象が移行したものであろうが、政府の問題意識の変遷の経緯と政策的優先度の基準となる考え方を示されたい。

七 国土の整備、環境の維持、とりわけ、農地、森林の維持には、所有者が自然果実から得る収益では賄えきれないコストが掛かることは、戦後、経済的理由から他産業へ移る離農者が後を絶たないことや、農家負債の増加状況から見て明白である。
 美しい田園風景や棚田の保全がもたらす効用としては、野村総研の試算によれば四兆一〇〇〇億円と現行農林水産予算を超える評価が与えられており、森林等を含めると更なる評価が加えられる。
 加えて平地でも水田から畑地への転換に伴い、土壌の維持に向け環境負荷を考慮した肥料・農薬の調整、つまり、コストはかかっても環境保全型農業を指向する動きも活発化している。
 政府は国土保全のために中山間地域における農林業従事者への積極的支援策として、棚田保全の政策を始めている。このような中山間地域は国土面積の約七割、森林の約八割を占めながら人口は約一四%にすぎない。

1 このように自然条件が不利な中山間地域における農林業は、食料の安定供給に加え、国土保全等多面的かつ公益的な機能を発揮している状況に鑑み、直接的な所得補償の政策をとることこそが求められると考えるがどうか。
2 平地にあっても、農業経営の安定を確保するため、自然災害だけでなく、経済変動による収入の増減を平準化するカナダの収入保険制度のような制度創設が必要となると考える。このような、価格政策とは無縁な政策の採用は来るべき次期WTO交渉にあたっても受け入れられる手法と評価されると考えるが、これらの考えについて見解を示されたい。

  右質問する。