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国際問題に関する調査会

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国際問題に関する調査報告(最終報告)(平成16年6月2日)

まえがき

 本調査会は、第152回国会の平成13年8月7日に、国際問題に関し長期的かつ総合的な調査を行うため設置された。

 以来、本調査会は、3年間にわたる調査活動のテーマとして設定した「新しい共存の時代における日本の役割」の下、「イスラム世界と日本の対応」及び「東アジア経済の現状と展望」について、参考人からの意見聴取及び質疑、政府からの報告聴取及び質疑、委員間の意見交換を行うなど鋭意調査を進めてきた。

 その間、平成14年7月3日に第1年目の調査結果を、平成15年6月11日に第2年目の調査結果を、それぞれ中間報告として取りまとめ、議長に提出した。

 本年は、本調査会が設置されて3年が経過するので、これまでの調査結果を踏まえ、「イスラム世界と日本の対応」及び「東アジア経済の現状と展望」それぞれについて、「主要論議」と「提言」にまとめ、調査の経過とともに報告する。

目次

一 調査の経過

 第152回国会の平成13年8月7日に、国際問題に関し長期的かつ総合的な調査を行うため設置された本調査会は、3年間における調査活動のテーマを「新しい共存の時代における日本の役割」と決定し、具体的な調査項目として、「イスラム世界と日本の対応」及び「東アジア経済の現状と展望」について調査を行った。

 第1年目は、「イスラム世界と日本の対応」について、(1)イスラム世界の歴史と現在、(2)イスラム世界と国際政治、(3)イスラム諸国と国際資源問題、(4)イスラム社会と開発協力、(5)文明間の対話などの観点から幅広く調査を行ったほか、「東アジア経済の現状と展望」について、自由貿易協定、中国のWTO加盟の影響など東アジア経済の将来について調査を行った。

 また、第4期の国際問題に関する調査会最終報告における「21世紀に向けた我が国の経済協力の在り方」に関する提言と政府施策の現状について、政府から報告を聴取し、質疑を行った。

 第1年目の具体的調査活動は、次のとおりである。

○平成13年11月7日(水)
第4期調査会最終報告の「21世紀に向けた我が国の経済協力の在り方」に関する提言と政府施策の現状について、西田恒夫政府参考人(外務省経済協力局長)から報告を聴取し、政府参考人(外務省、財務省、文部科学省及び経済産業省)に対し、質疑を行った。
○平成13年11月28日(水)
「イスラム世界の歴史と現在」について、後藤明(東京大学東洋文化研究所教授)、小杉泰(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成14年2月6日(水)
「東アジア経済の現状と展望」について、青木健(杏林大学社会科学部教授)、大野健一(政策研究大学院大学教授)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成14年2月13日(水)
「イスラム世界と国際政治」について、立山良司(防衛大学校教授)、酒井啓子(日本貿易振興会アジア経済研究所地域研究第2部副主任研究員)、平山健太郎(白鴎大学経営学部教授)の3参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成14年2月20日(水)
「イスラム諸国と国際資源問題」について、宮田律(静岡県立大学国際関係学部助教授)、畑中美樹(財団法人国際開発センターエネルギー・環境室長)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成14年2月27日(水)
「イスラム社会と開発協力」について、清水学(宇都宮大学国際学部教授)、遠藤義雄(拓殖大学海外事情研究所教授)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成14年4月3日(水)
「文明間の対話」について、板垣雄三(日本学術会議第一部長・東京大学名誉教授・東京経済大学名誉教授)、大塚和夫(東京都立大学人文学部教授)、梶田孝道(一橋大学大学院社会学研究科教授)の3参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成14年4月8日(月)
「イスラム世界と日本の対応」について、杉浦正健外務副大臣、田勢修也政府参考人(経済産業大臣官房審議官)、松永和夫政府参考人(資源エネルギー庁資源・燃料部長)から報告を聴取し、外務副大臣及び政府参考人(外務省及び経済産業省)に対し、質疑を行った。
○平成14年4月24日(水)
「イスラム世界と日本の対応」について、政府参考人(外務省及び経済産業省)に対する質疑と委員間の意見交換を行った。
○平成14年5月22日(水)
「イスラム世界と日本の対応」について、委員の意見表明及び委員間の意見交換を行った。

 これら第1年目の調査結果を中間報告として取りまとめ、第154回国会の平成14年7月3日に議長に提出した。

 第2年目は、「東アジア経済の現状と展望」について、(1)東アジア地域の経済統合、(2)中国のWTO加盟等市場経済化と国内外への影響、(3)東アジアにおける通貨・金融危機の教訓と再発防止、(4)情報化の進展と東アジアのITなどの観点から調査を行った。

 なお、第154回国会閉会後、中東諸国等におけるイスラムの政治、経済、社会及び文化に関する実情調査のため、本院から、本調査会の会長及び理事を中心とした議員団が中東諸国に派遣されたので、派遣議員からその報告を聴取し、委員間の意見交換を行った。

 第2年目の具体的調査活動は、次のとおりである。

○平成14年11月6日(水)
「イスラム世界と日本の対応」について、海外派遣議員から報告を聴取し、意見交換を行った。
○平成14年11月20日(水)
「東アジア地域の経済統合、中国のWTO加盟等市場経済化と国内外への影響」について、矢野哲朗外務副大臣及び高市早苗経済産業副大臣から報告を聴取し、外務副大臣、経済産業副大臣及び政府参考人に対し、質疑を行った。
○平成14年12月4日(水)
「東アジアにおける通貨・金融危機の教訓と再発防止、情報化の進展と東アジアのIT」について、小林興起財務副大臣、加藤紀文総務副大臣、桜田義孝経済産業大臣政務官、日出英輔外務大臣政務官及び月尾嘉男政府参考人(総務省総務審議官)から報告を聴取し、総務副大臣、財務副大臣、経済産業大臣政務官、外務大臣政務官及び政府参考人に対し、質疑を行った。
○平成15年2月12日(水)
「中国のWTO加盟等市場経済化と国内外への影響」について、関志雄(独立行政法人経済産業研究所上席研究員)、少徳敬雄(松下電器産業株式会社代表取締役常務・海外担当)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成15年2月19日(水)
「東アジアにおける通貨・金融危機の教訓と再発防止」について、国宗浩三(日本貿易振興会アジア経済研究所開発研究部研究員)、行天豊雄(国際通貨研究所理事長)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成15年2月26日(水)
「東アジア地域の経済統合」について、深川由起子(青山学院大学経済学部助教授)、畠山襄(国際経済交流財団会長)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成15年4月2日(水)
「情報化の進展と東アジアのIT」について、佐賀健二(太平洋経済協力会議(PECC)日本委員会電気通信小委員会主査)、会津泉(株式会社アジアネットワーク研究所代表)の両参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成15年4月16日(水)
「東アジア経済の現状と展望」について、委員間の意見交換及び政府参考人(総務省、外務省、財務省、農林水産省及び経済産業省)に対する質疑を行った。

 これら第2年目の調査結果を中間報告として取りまとめ、第156回国会の平成15年6月11日に議長に提出した。

 第3年目は、「東アジア経済の現状と展望」及び「イスラム世界と日本の対応」について、最終報告の提言に向け更に調査を進めることとし、(1)自由貿易協定促進のための課題、(2)東アジア経済統合促進のための課題、(3)イスラム地域社会に対する貢献のための課題、(4)イスラム社会との相互理解促進のための課題などの観点から調査を行った。

 第3年目の具体的調査活動は、次のとおりである。

○平成16年2月4日(水)
「自由貿易協定促進のための課題」について、木村福成(慶應義塾大学経済学部教授)、伊藤隆敏(東京大学先端科学技術研究センター教授)、大貫義昭(経営支援NPOクラブ理事長、三井物産株式会社顧問)の3参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成16年2月9日(月)
「東アジア経済統合促進のための課題」について、山田俊男(全国農業協同組合中央会専務理事)、大川三千男(東レ株式会社顧問)、田中明彦(東京大学東洋文化研究所教授)の3参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成16年2月16日(月)
「イスラム地域社会に対する貢献のための課題」について、長有紀枝(ジャパンプラットフォーム評議会アドバイザー)、津守滋(東洋英和女学院大学国際社会学部教授、元駐クウェート大使)、茂田宏(元駐イスラエル大使、前国際テロ対策担当大使)の3参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成16年2月18日(水)
「イスラム社会との相互理解促進のための課題」について、橋爪大三郎(東京工業大学大学院社会理工学研究科教授)、加藤博(一橋大学大学院経済学研究科教授)、片倉邦雄(大東文化大学国際関係学部教授、元駐エジプト大使、元駐イラク大使)の3参考人から意見を聴取し、質疑を行った。
○平成16年4月7日(水)
「東アジア経済の現状と展望」について、政府参考人(外務省、財務省、厚生労働省、農林水産省及び経済産業省)に対する質疑及び委員間の意見交換を行った。
○平成16年4月14日(水)
「イスラム世界と日本の対応」について、政府参考人(外務省及び経済産業省)に対する質疑及び委員間の意見交換を行った。

 このほか、平成15年7月9日(水)、我が国企業の対東アジア戦略等に関する実情調査のため、NTTドコモマジックワールド、いまばりタオルブティック及びソニーメディアワールドの視察を行った。

 また、平成16年3月3日(水)、「イスラム世界と日本の対応」の調査の一環として、マジェディ駐日イラン・イスラム共和国大使、アル・スィユフィ駐日シリア・アラブ共和国大使及びバドル駐日エジプト・アラブ共和国大使とそれぞれ懇談し、中東における日本の役割等について意見交換を行った。

二 イスラム世界と日本の対応

 日本は、原油の9割近くを中東に依存しており、二次にわたる石油危機や湾岸戦争など中東諸国を中心とするイスラム世界の変動は、資源エネルギー問題にとどまらず、日本の国としての在り方にも大きな問題を投げ掛けてきた。

 2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以後、米国は「テロとの戦い」を開始した。そして同年12月にはアフガニスタンが国家復興への歩みを開始し、2003年5月以降、イラクが国家の再建に向けて踏み出そうとしている。このように、国際社会においてイスラム世界をめぐる情勢が大きく変動している中、日本がイスラム諸国と積極的な対話を行い、相互理解を深めるとともに、イスラム地域社会の復興及び開発に貢献し、良好な協調関係を構築することは、新たな共存の時代を迎えるに当たって不可欠の課題となっている。

 調査会においては、文明間対話の継続、イスラム世界との相互理解の促進、中東和平問題の解決、湾岸の安全保障のための枠組み作り、イスラム地域社会の復興・開発への貢献、資源エネルギーの安定供給の確保等について、幅広い議論が展開された。

 本章では、3年目の調査を中心として「主要論議」を整理するとともに、3年間の議論を踏まえ「提言」をまとめた。

1 主要論議

(一)イスラム世界との対話と相互理解
(1)イスラム世界との対話と相互理解
(対話の意義)

 委員から、文明間対話で最も大事なことは、互いの価値観を認め合い、ある特定の価値観をほかに押し付けないことであるとの意見、今日の世界は一つの価値観で統一されるものではなく、多様な国々と多様性を認めた関係を作っていくことが重要であるとの意見が述べられた。

 参考人から、日本社会が理解され、相手社会を理解できるということには、文化交流にとどまらない大きな利益があることを十分認識すべきであるとの意見が述べられた。

 政府から、対話はあくまで同じレベルに立って、相手の立場に立ちながら理解を深めることであり、日本という国、あるいは日本人はそうしたことに優れているため、文明間の対話という場を設定するにはふさわしい国であり民族であるとの認識が示され、今後、長い時間が掛かるかもしれないが、世界中の様々な文明を代表する者が真摯に対話のできる場を作っていきたいとの所見が述べられた。

 委員から、政府レベルを始めとして対話の機会を増やし、様々な分野、様々なレベルで対話を進めることが大事であるとの意見、本当に傷付いている人たちに対する理解を抜きにしては、共存の社会あるいは共生の社会は作れないのではないかとの意見が述べられた。

(対話の主体と留意点)

 参考人から、イスラム世界には多様な主体があり、対話を行う場合には対話の主体はだれなのかを見極めることが重要であり、国と国が対話をしていればよいというものではなく、各レベルの主体を相手に、それぞれに納得できるような情報を提供し、対話を続けることが重要であるとの意見、様々なレベルで対話を一層推進すべきであるが、中東ではだれと対話をするのかを慎重に見極めないとその効果が期待できず、現実に、対話する相手を間違えると事を複雑にしてしまうことがよくあるとの意見が述べられた。

 委員から、イスラムは多様であり、個々の国々の特徴、歴史や文化等を踏まえた対話が必要であるとの意見、伝統的な部族制、家父長制があり、政府が国家全体を代表するという意味での近代国家ではないとの意見が述べられた。

 参考人から、本質的な対話を行うためには、日本で前提となっている暗黙の価値観や思考方法を客観化して相手に伝え、相手に同じことを行ってもらうことが必要であるとの意見、異文化を理解する場合には誤解が生ずることは避けられないため、相手の文化においてこう理解してほしいという脈絡をこちらから示唆することが望ましいとの意見、対話をすれば仲良くなるというのは日本の一種の文化的な前提であり、思い込みであるとの意見が述べられた。

(具体的な対話の方策)

 委員から、中東イスラム諸国との人脈作りを積極的に行い、重要な情報を取りながら的確な政策展開を行うことが望まれるとの意見が述べられた。政府から、イスラム社会における人脈作りは大変重要であり、中東調査会や中東協力センターあるいは中東経済研究所、アジア経済研究所では人脈や部族構成に係る情報なども含めてかなりの蓄積を持っているとの認識が示され、もろもろの調査研究だけにとどまらず、人が現地に行って様々なことを行うことが重要であるとの所見が述べられた。

 参考人から、社会教育、学校教育において、宗教を含めた文化の多様性の理解を推進、強化することが必要であるとの意見が述べられた。委員からは、日本の歴史教科書において十字軍がどのように記述されているか、イスラム諸国の学者と日本の学者で日本の教科書について検証することを試みる必要があるとの意見が述べられた。

 委員から、2050年にはイスラム教徒が世界の人口の3分の1になるという国連の推計もあり、今の段階でイスラム諸国における対日理解の促進を実施しておかなければ将来に禍根を残すことになるとして、具体的には、(1)日本の基幹図書のアラビア語への計画的翻訳、(2)文明を継続的に研究する機関の設置、(3)文明間対話を長期的に進める計画及びこれを実施するための研究費の配分が重要であるとの意見が述べられた。

 委員から、宗教上の価値観の多様性について国民の教養を深める手段を講じなければならないとの意見が述べられた。政府から、様々な宗教や考え方があることを国民に一層理解してもらうと同時に、日本がこれまで長い歴史の中で多様な文化、文明を吸収して、それを糧として発展してきたという経験についても諸外国に知ってもらうという、広い意味での文化交流という手段を通じて理解を深めることが必要であるとの所見が述べられた。

(2)イスラム諸国における対日理解の促進
(対日理解の促進とイスラム諸国における理解の変容)

 参考人から、数百名あるいは1,000名に上る自衛隊員がイスラム世界の一角であるイラクのサマワに派遣され、イスラム社会と接点を持つことになったが、住民の対日理解がうまく得られない場合は犠牲者が出るという非常に深刻な事態も予想されるので、イスラム諸国における対日理解の促進は焦眉の急であるとの意見が述べられた。

 参考人から、イスラム諸国の対日イメージは1970年ぐらいから変化してきており、その理由として、(1)民族主義からイスラムへの回帰、(2)財政の悪化、(3)インターネット世代の増大、(4)日本の対米追随のイメージ増大、(5)ルックイースト政策の消滅があるとの所見が述べられた。

 委員から、インターネット等が普及して情報が広がることにより、宗教的価値観も大きく変容していくのではないかとの見方が示された。

(日本に期待される具体的な取組)

 参考人から、ソフトパワーとしての日本に対する期待に応じるための具体的方策として、(1)日本近代化の秘訣として和魂洋才を訴えること、(2)知的対話を促進すること、(3)様々な分野での文化交流を積極的に大幅に拡大していくこと、(4)イスラム世界における日本語と日本におけるアラビア語を普及させること、(5)日本の公共施設に「瞑想の部屋」を設置することが挙げられた。

 委員から、日本の公共施設に瞑想のための空間を設置することが、東京やそのほかの主要都市が国際都市として通用する資格であるとの意見が述べられた。

(3)中東イスラム研究
(日本の中東イスラム研究の特徴)

 参考人から、日本の中東イスラム研究の特徴は、(1)地理的、客観的空間としては定義の困難なイスラム世界を一つの地域として設定し、研究対象としている、(2)長いタイムスパンの中での事象を研究対象としている、(3)地域密着型の人文科学の研究が多いことであるとの見方が示された。また、参考人から、中東イスラム研究において日本ならではの多くの成果もあり、その最大の貢献は、現実には存在していないとも言えるイスラム世界という地域単位を設定することにより、従来の地域研究では無視あるいは軽視される嫌いのあった国家を超えるグローバルな問題群に光を当てたことであるとの見方が示された。

 参考人から、日本の中東イスラム研究の短所として、(1)基礎研究が多く、応用あるいは政策提言的志向の研究が少ない、(2)現代に関する研究が少ない、(3)社会科学関係の研究が少ないことであるとの認識が示された。

 委員から、経済的視点での中東イスラム研究の現状と今後の取組が問われた。参考人からは、経済学的な研究は中東経済研究所やエネルギー資源関連の研究機関もあり、これまでになかったわけではないが、それがアカデミックな中東研究者の研究と必ずしも一体化されていないため、このそごを克服することが重要であるとの意見が述べられた。

(中東イスラム研究推進のための具体的方策)

 参考人から、中東イスラム研究に当たっては、(1)日本独自の情報収集、(2)日本の諸機関で連携した情報収集システム、(3)社会との接触の中での情報収集が必要であるとして、国を挙げて日本独自の情報を収集するチャンネルやシステムを作るべきであるとの意見が述べられた。委員から、中東イスラム研究は深くじっくりと、日本独自の情報を持って取り組まなければならないとの意見が述べられた。

 委員から、政府において「河野イニシアチブ」をフォローし、外務省「イスラム研究会」を拡充・強化する必要があるとの意見が述べられた。

 委員から、中東地域を対象とした調査機関について、外務省所管では中東調査会、経済産業省所管では中東経済研究所や中東協力センターなどがあるが、外交の観点から日本の国策を考えるには、各省の縦割りの関係を超えて調査研究に取り組むべきであるとの意見が述べられた。

(地域研究者の養成)

 参考人から、粘り強い調査は長期的には大変意味があるが、日本の場合、長期に研究者を派遣して現地の事情を調査させることが必ずしもうまく機能しておらず、2~3年単位の現地派遣でなければ地域研究者は育たないとの意見、地域研究者を養成するためには、例えば、民間の研究所をイスラム諸国の各地に作り、そこに日本の大学や官庁あるいは民間から人を派遣できるようにし、希望があれば現地で長期的に働いてキャリアが積めるような制度を考えていくことも重要であるとの意見が述べられた。

(4)文明の衝突とテロ

 委員から、文明の衝突の意味が改めて問われた。参考人からは、文明の衝突で現在の世界情勢を理解するのは不正確であるが、この議論がこれだけ流布し、人々がそうした枠組みで物を見るようになったこと自体が危険なことであり、十分注意しなければならないとの意見が述べられた。

 委員から、テロ抑制の手法が問われた。参考人からは、市場経済やグローバル化の中で取り残されている国々の中に、自分たちの望むような世界を作り出す方法がないという絶望が広がっているため、日本としては、いかに絶望を希望に変えていくかを考えることが適切であるとの意見が述べられた。

 委員から、イスラムの大義に基づくテロをイスラム教徒が実力で阻止できるのかという根本的な疑問があるとの認識、テロリストを絶対に排除しなければ今後西欧社会と共存していけないという確固たる表明あるいは行動をイスラム社会自体に期待できるかが最大の問題であるとの認識が示された。

(二)日本のイスラム外交
(1)日本のイスラム外交
(イスラム外交の課題)

 委員から、この3年間に中東あるいはイスラム諸国を鳥瞰して見た場合、日本の外交戦略的な観点から何か大きな変更を迫られる部分があるかが問われた。政府からは、この3年間で、今まで以上に日本が、単に中東地域における各国の政策の観察者ではなく、この地域に積極的なかかわりを持ち、日本の利益になるようにできるだけ政策を動かしていく努力が不可欠になりつつあるとの認識が示された。

 参考人から、個別企業は最大の利益をもたらすような方法で情報を収集し行動しているが、国としては、いかにして中東地域との最善の関係を構築するかという戦略が必要であり、その戦略がない点が日本の最大の問題であるとの意見が述べられた。

 委員から、日本は中東において欧米社会とは異なる独自の路線で対応していくことが十分可能ではないかとの意見、勤勉や誠実といった日本人の良さを生かした政策を戦略的に策定すべきであるとの意見が述べられた。

 委員から、イスラム社会と正面から向き合うためには、国際社会が国連安全保障理事会の改革に取り組むことが大切であるとの意見、東アジアはイスラム人口の4割を占めており、その国々の安定という点からもイスラムが重要になってくるので、日本も東アジアとの関係をイスラムの観点から見直してみることが必要であるとの意見が述べられた。

 委員から、イスラム社会との付き合いは可能な範囲で行う方がよいのではないかとの意見、できる範囲で静かに、分をわきまえた上で、最大限の協力を国際社会に対して行っていく程度が現時点での限界なのではないかとの意見が述べられた。

(イスラム諸国との議員外交)

 イスラム諸国との議員外交について、委員から、イスラム世界では議員に対する評価が非常に高く、議員外交を活発に展開することの効果は大きいのではないかとの意見、異なる文明間の対話において、国民の信任を得ている国会議員がどのような役割を果たすかが問われており、どのようなイニシアチブを取れるかについて、国会議員の間で是非研究する必要があるとの意見、友好議員連盟を活性化する必要があるとの意見が述べられた。

(危機管理体制の確立と情報収集・分析機能の強化)

 委員から、日本にとって情報は国家生存の支えであり、最強の安全保障の一つであるとの意見、日本には情報を扱う様々な機関があるが、全体的に見て非常に低いレベルにあるため、情報の収集と的確な分析を確実に強化していくことが重要であるとの意見が述べられた。

 委員から、21世紀のアラブ社会、イスラム社会は言わば火薬庫のようなところがあり、様々な事件が起こる可能性を考えると、日本の危機管理体制と情報収集体制の整備は極めて重要であるとの意見が述べられた。

 政府から、日本はこの50~60年、国民の努力によって経済成長を遂げ、平和を達成してきたが、国際情勢はそれほど甘いものではなく、平和が初めから与えられているものではないということを十分に国民に理解してもらう必要性を痛感しており、日常から最悪の場合に備えることが不可欠であるとの認識が示された。また、政府から、過去の苦い経験も踏まえ、特に米英など危機管理の先進国からもノウハウを学びながら、外務省あるいは政府の中で危機管理体制を着実に強化してきたとの説明、情報収集はその備えのために重要であり、今回の外務省の機構改革でも情報部門を再編成するとの説明がなされた。

(中東諸国に対するODAの重要性)

 中東諸国に対する政府開発援助(ODA)について、委員から、日本のODAは長期的な観点から外交関係を醸成する意味でも重要であり、例えば、イラクの復興支援を後押しするような中東地域全体に対するODAを検討する必要があるとの意見、日本が継続的にイスラム諸国と対話を実施するときにODAが果たす役割は大きいとの意見、イスラム地域の難民に対して、世界の国民の目に見える形で日本国民の真心を込めた援助物資を届けるべきであるとの意見、雇用促進に対する支援が重要であり、サウジアラビア等では若年失業者が増大しているため、日本として職業訓練を目的とした技術協力にも力を入れるべきであるとの意見が述べられた。

(2)中東和平への貢献
(中東和平問題の本質)

 参考人から、中東和平問題の本質は、一般にユダヤ人とアラブ人の2000年以上にわたる対立の問題であると説明されているが、それは事実ではなく、20世紀初頭、更にさかのぼっても19世紀末から発生したユダヤ人のナショナリズムとアラブ人のナショナリズムの対決の問題であるとの見方、宗教的対立という解決が不可能な問題ではないので、まず、暴力の悪循環を断ち切ることにより解決が可能となるとの見方が示された。また、参考人から、本問題は宗教問題であるとか、大国のパワーポリティックスの舞台と言われるが、結局は土地問題であるとの見方が示された。

 委員から、イスラエルとパレスチナ間の怨念の応酬を断ち切る方途、分離壁が中東和平に及ぼす影響が問われた。参考人からは、イスラエル側には、テロが発生したら和平交渉は中止するという手法は過激派に拒否権を与えてしまうことになるのでこれを取らないこと、パレスチナ側には、テロの取締りが不可欠となることを十分理解してもらう必要があるとの意見、イスラエルによる分離壁の設置はより事態を悪化させることにつながるとの意見が述べられた。

 委員から、イランなどの少数の国やパレスチナ内の少数の人々が平和裏の国家共存という解決の在り方に反対している理由が問われた。参考人からは、イランは、基本的にイスラエルの生存権、存在権を否定する立場から二国家方式の解決に反対しているとの見方、パレスチナ内の少数の人々は、今のイスラエルを解消した上でイスラエルの領域を含めた一つの国家を作ると主張しているため、平和裏の共存に反対しているとの見方が示された。

 委員から、イラク問題とパレスチナ問題との関係が問われた。参考人からは、イラク問題は湾岸戦争後に大量破壊兵器を廃棄する条件で停戦が成立したにもかかわらず、この条件を的確に実行しなかった疑惑についての戦争であり、パレスチナ問題とは直接の関係はないが、中東情勢全般の中でパレスチナ問題がアラブ人の心理その他に与える影響は大きいとの認識が示された。

(中東和平問題解決のシナリオ)

 参考人から、中東和平問題は、イスラエルによる西岸・ガザ地区占領の終止とその後のパレスチナ国家樹立、アラブ諸国によるイスラエル認知を経て、両国家の平和共存が確保されるシナリオで解決することができるとの意見が述べられた。また、参考人から、解決のための基本は国連安保理決議242号に基づく和平であり、パレスチナ国家樹立までに、(1)300万人から350万人に及ぶ難民の問題、(2)双方にとって聖地であるエルサレムの問題、(3)国境線の問題、(4)パレスチナ国家の軍事力を含む安全保障問題、(5)ガザ地区等の入植地撤去の五つの障害を克服する必要があるとの意見が述べられた。

(中東和平問題解決に対する日本の貢献)

 参考人から、日本は、パレスチナの国家成立に向けた支援を行い、パレスチナ人が持つ現状への不満の緩和を目指してODAを始めとするパレスチナ支援を行ってきたが、これには大きな意味があるとの見方が示された。また、参考人から、日本が和平努力をしていくためには、イスラエルとパレスチナの双方から信頼されることが必要であるとともに、力の限界も自覚しつつ、米国に対し原則に基づく的確な意見を述べる必要があるとの意見が述べられた。

 政府から、日本がパレスチナ支援のみならず、例えば信頼醸成のための措置等に関与していくことが現地からも求められており、日本がこれを実行していることに対する中東諸国民の理解を得る努力を継続していくことが必要であるとの所見が述べられた。

 委員から、日本はパレスチナとイスラエルとの和平のために可能な限り努力すべきであり、こうした努力は重要であるとの意見、パレスチナ側の無差別テロの中止、イスラエル側の入植化や分離壁建造の中止と原状回復が必要であり、中東和平のために国会議員として何ができるかが問われているとの意見が述べられた。

 委員から、日本政府がイスラエル、パレスチナといかにかかわり、問題解決に向けどのようなスタンスで臨もうとしているのか、また具体的にどのような行動を取ろうとしているのかが国民にはいま一つ明瞭でないとの見方が示され、もう少し国民の目に見える形で行動を取ることはできないかとの意見が述べられた。

(3)湾岸の安全保障構造構築への日本の貢献
(湾岸の安全保障構造)

 湾岸の安全保障構造の経緯について、参考人から、(1)1960年代末まではイギリス軍が湾岸において勢力均衡の維持を担ってきたが、同軍は60年代末から70年にかけてスエズ以東から撤退し、その後を埋める形で米軍が軍事的進出を増強してきた、(2)80年代の8年に及ぶイラン・イラク戦争の際には、イランにおけるホメイニ革命の波及を恐れる湾岸協力機構(GCC)6か国(サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、バーレーン、オマーン、クウェート)と米国とが共にイラクを支援した、(3)湾岸戦争後はイラク軍、イラン軍、GCC諸国軍プラス米国軍の三者により一定の勢力均衡が成立していたという3段階を経て、現在は米国がイラン、イラク二重封じ込め戦略を実行するに至っているとの認識が示された。

(協力的安全保障の枠組みと評価)

 湾岸の安全保障構造構築について、参考人から、当面、米国等の軍事的存在が必要であり、これを補強・補完するためにイラクにおける治安の回復とイラク国軍の再建が必要となるとの意見が述べられた。

 委員から、中東における米国の安全保障上の利益はどこにあるのかが問われた。参考人からは、米国自身が中東における安全保障上の利益を確定できないでいるとの認識が示された。委員から、湾岸の安全保障構造構築は、どこからの脅威に対するものかが問われた。参考人からは、湾岸諸国における脅威認識は複雑であり、GCC加盟国内部でも、ある国がある国に脅威を感じたり、関係の良くない諸国が存在するとの見方が示された。

 参考人から、中長期的な安全保障構造の構築には、米国等の軍事的存在を補強・補完するため、集団安全保障構造ではなく、ASEAN地域フォーラム(ARF)に類する協力的安全保障構造を構築することが適切であるとの意見が述べられた。

 委員から、中東・湾岸地域にARF類似の機構が創設される可能性が問われた。参考人からは、中東地域に安全保障問題を含めた政治経済のフォーラムを創設することは可能であり、必要であるとの認識が示された。政府からは、現在、直近の政策問題として地域フォーラム創設を考えてはいないが、「河野イニシアチブ」の三つの柱の一つである政策対話の一環として、日・GCC安全保障セミナーをこれまで数回実施したとの説明がなされた。

 ARFに類する安全保障構造の枠組みについて、参考人から、正式な構成国はGCC6か国に加えてイランとイラクの8か国とし、米国、欧州連合(EU)、日本、ロシア、中国がオブザーバー方式等で参加することも認められるべきであるとの意見、当面は制度化を目指さず信頼醸成から始めるべきであるとの意見が述べられた。

 このような安全保障構造を構築していく際の日本の役割について、参考人からは、日本が主導権を握る必要があるが、クウェートにイニシアチブを取ってもらうのも一案であるとの意見、ARFは日本が米国との協議を経てイニシアチブを取り設置に至ったもので、同様のことが中東でもできるはずであるとの意見が述べられた。

 委員から、日本のリーダーシップ発揮が米国の考え方や国益と反する可能性が問われた。参考人からは、米国は日本によるリーダーシップを歓迎するであろうとの見方が示された。また、委員から、日本が主導権を握るのは難しいかもしれないが、イランと米国との仲介役を務めるのは十分可能であるとの見方が示された。

 委員から、イスラエルが入らない安全保障の枠組みが同国にとって脅威と映る可能性が問われた。参考人からは、提案した安全保障機構にイスラエルは入らないが、米国、EU、日本がオブザーバー方式等で参加するので、イスラエルが脅威に感ずる必要はないとの見方が示された。

(4)日本の資源エネルギー外交
(エネルギー安全保障の推進)

 委員から、石油の中東依存度が9割に達しようとする一方で、中国の石油に対する需要量が2020年には現在の3倍近くになると予測されており、日本のエネルギー安全保障をいかに制度的に確立していくかが極めて重要な課題であるとの認識が示され、湾岸諸国の期待に沿った戦略的なODAの活用、カスピ海やロシアといった中東以外の地域への供給先の多角化、新エネルギーの開発が重要であるとの意見が述べられた。

(中東諸国との相互依存関係の強化)

 委員から、エネルギーの確保という観点から、中東イスラム地域との関係は重要であるとの意見、先方の求めている外資導入政策に乗る形で、石油資源の開発や不足する基礎的インフラの再整備、あるいは失業者をなくすための雇用創出、教育や職業訓練の協力を行っていくことが望まれるとの意見が述べられた。また、委員から、雇用創出に当たって、サウジアラビア等では若年失業者が増大していると認められるため、日本として職業訓練を目的とした技術協力にも力を入れるべきであるとの意見、供給先の多角化を考えるとカスピ海周辺諸国への食い込み努力がまだ弱く、日本の石油企業の再編の促進や体力の強化が必要であるとの意見が述べられた。

 委員から、中東諸国からの日本に対する要望の内容が問われた。政府からは、産油国から投資だけではなく、中小企業の進出、技術移転、人材交流等の要望が多くなってきているため、中東産油国との関係については、単に石油を通じた付き合いだけではなく、様々な意味で双方向の付き合いをしていかなければならないとの所見が示された。

 委員から、将来、具体的にどのような産業あるいは分野において経済関係の芽が出る可能性があるのか、また政府としていかなる取組をしていくかが問われた。政府からは、有望な分野として石油化学やガスのほか、人口増大に伴う環境絡みの都市問題や観光産業で協力できないか検討しているとの説明がなされた。

(5)イラク復興と自衛隊派遣

 委員から、イラク全体が非常に強い反米ムードになってきており、アラブ各国が国民の反米感情と米国との関係で、どのようにバランスを取るべきかについて非常に悩んでいるという新しい状況が生まれているとの認識が示された上で、その改善策と見通しが問われた。政府からは、イラクに限らず、いわゆる中東の一般の民衆レベルにおいて、特にパレスチナ問題等の米国の中東政策に対する反発が一般的に大きくなっていることは事実であるが、米国によるサダム・フセイン政権の排除を歓迎したシーア派の中にも様々な考え方の人がおり、地域によっても多少の違いがあるとの認識が示された。

 委員から、中東の権威ある保守系新聞が、自衛隊派遣に関し、揺るぎない友好的な関係を持ってきたイスラム諸国と日本との関係が今や重大なものになっていると論評したことについて、これは非常に重大な警告であるとの意見が述べられた。政府からは、今回の自衛隊派遣については、これまでの日本に対するアラブの非常に温かい友好的な気持ちを傷付ける可能性があるので注意すべきであるとの忠告等があることに十分配慮し、準備を行ってきたので、成果が出れば、それにふさわしい理解が得られると確信しているとの説明がなされた。

 委員から、イスラム世界の研究者の論文では、今回の自衛隊派遣がイスラム世界の日本に対する見方を変えてしまう、あるいは変えてしまったのではないかとの懸念が示されており、この点をどのように認識しているか、また、もし変わったとすれば、それを今後どのような形で是正していくのかが問われた。政府からは、イスラム世界の研究者のみならずジャーナリズムの世界、また大衆のレベルで、米国のパレスチナ問題等の政策に対する反感から一般的に反米感情が高まっており、こうした中で日本による自衛隊派遣が米国の政策と同一視される結果、日本への見方がこれまでより悪い方向に変わるという危険性はあるとの認識、今後具体的に、自衛隊も含めて日本の国さらには国民としてまずイラクの安定と復興、中東地域全体の安定と建設にいかに参加していくかを実際に見てもらうことで、日本に対する正しい評価をしてもらう必要があるとの認識が示された。

 委員から、自衛隊派遣がイラク国民に納得され、歓迎される説明の在り方が問われた。参考人からは、米国の占領行政の一環であるとの見方があり、これに対する抵抗や反発もいずれは出てくるため、できるだけ早く国連に主権を移譲し、自衛隊が国連旗の下で復興支援を行うのでなければ、何らかの形で犠牲が出ることも予想されるとの見方が示された。

 委員から、イラク派遣について、自衛隊員に十分な説明責任が果たされていないのではないかとの意見が述べられた。参考人からは、語学研修を実施し、地域特有の背景や気候に関する説明を行うなど、十分な準備を施すことが重要であるとの意見が述べられた。

 委員から、自衛隊を海外に派遣する恒久法についての認識が問われた。参考人からは、政策としての不安定性を回避するため、恒久法を作り、その枠内でアフガニスタンやイラクの問題等に対処できるようになればよいとの意見が述べられた。

(三)日本のNGOによるイスラム地域社会への貢献
(貢献に当たっての留意点)

 委員から、今後、日本が国際社会において生き残るためにも国際貢献を行うべきであるが、紛争地域なり不安定な地域での貢献が時に宗教観の対立なり部族間の対立をあおることもあるので、支援に当たっては、現地に既にある均衡を崩さないことに留意すべきであるとの意見が述べられた。

 委員から、人間の安全保障についての考え方が改めて問われた。参考人からは、人間の安全保障という概念は比較的新しく、その中身はこれまで非政府組織(NGO)が取り組んできたものであり、政策概念として利用されるべき場面が多々あるとの意見が述べられた。

 NGOの資金源について、委員から、NGOが政府から資金援助を受けることの是非が問われた。参考人からは、資金の不足はNGOが常に抱えている問題であり、通常NGOの資金源に政府資金が含まれるが、資金源の多様化を図ることで、中立性、独立性を保つことができるとの意見が述べられた上で、忘れられた紛争、頻繁には報道されなくなった紛争でも現地の需要はあるので、日本のNGOとして今後の息の長い支援のために資金を長期的に確保することが大変重要になるとの見方、全く資金が集まらないところにも大きな需要があり、資金と需要とのはざまをいかにして埋めるかという問題が常に存在するとの見方が示された。

 軍民協力について、委員から、NGOによる支援の経験から見た人道支援の理想像、イラク支援における官とNGOの役割分担の在り方が問われた。参考人からは、人道援助は基本的にあくまでも軍ではない組織が行うことが望ましいとの意見、イラク支援においては行政機能の回復、システムの構築を官が行い、NGOは病院の再建、物資の調達、学校再建などを行う役割分担が理想であるとの意見が述べられた。

 イスラム地域社会への貢献における女性の立場や権利などジェンダーの視点について、参考人から、イスラム文化を理由にジェンダーへの視点を退けることなく、積極的に取り組んでいく姿勢が重要であるとの意見が述べられ、イスラム社会では女性だけで行動しても仕事をすることができず、女性に対する支援は女性でないと全くできないことから、必ず男女ペアでの活動が必要であり、特に小規模のNGOにとって活動条件が厳しくなるとの認識が示された。

(アフガニスタン支援)

 女性支援について、委員から、アフガニスタンの女性の識字率は20%であり、女性が教育を受けにくく、女性への支援は女性にしかできないという制約により自立が難しい状況があるため、日本として、NGOあるいは国際機関とも協力して、女性の自立支援を強力に推進すべきであるとの意見が述べられた。参考人から、アフガニスタンの女性が過去20年間に置かれていた立場は千差万別であるので、画一的な対応ではなく、多様性を重視した視点が重要であるとの意見が述べられた。

 地雷除去・義足支援について、委員から、地雷除去支援の継続と義足製造技術の支援が重要であるとの意見、中でも義足は現状では圧倒的に不足しており、特に、児童に対する義足はその成長に応じて数年で交換する必要があるため、現地に義足工場を設置し、義足の製造等についての技術支援を今後進めることが真に現地の人々に喜ばれる支援ではないかとの意見が述べられた。

 雇用対策について、委員から、アフガニスタンにおける兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)支援に見られるように元軍人に就業の機会を与えることが重要であるとの意見が述べられた。

 アフガニスタンのNGOについて、参考人から、最悪の場合は、NGOに交付された資金が特定の軍閥の武器に変わってしまう可能性も否定できないとして、NGOという名前だけでなく、その実態について厳しく吟味する必要があるとの意見が述べられた。

 今後の支援の在り方について、参考人から、イラク戦争とその後の問題の発生もあり、アフガニスタン支援の当初の巨額の資金投入の予定がその後に先細りになるという事態は望ましくなく、長期的視野で支援することが肝要であるとの意見が述べられた。

 委員から、アフガニスタン政府は国民に対してどのようなコミュニケーション手段を設けているかが問われた。参考人からは、女性の識字率が現在20%であることからしても、活字を通ずるコミュニケーションは不可能であり、基本的には、必要があるときには部族長や地域代表が地域に持ち帰って広めており、政府からの指示だけでなく、例えば、地雷に注意しようという呼び掛けなどはラジオで広報することもあるとの見方が示された。

2 提言

1 イスラム世界との対話の促進

 2001年の「文明間の対話国連年」を契機として、様々な文明圏との対話、とりわけ悠久の歴史を持つイスラムとの対話を促進することの重要性が再認識されている。我が国は、イスラム世界との対話と相互理解を促進するため、寛容の精神を持ちつつ、文化交流、草の根交流など様々な分野・レベルで更に文明間対話を推進すべきである。

2 日本独自のイスラム外交の展開

 日本は、欧米とは異なる歴史や独自の文化、習慣を持ち、1世紀前の明治時代からイスラムに関心を持って対話を続け、これまでイスラム諸国と友好的な関係を構築してきた。こうした対話の積み重ねを基に、我が国は、引き続き、欧米とイスラム社会との懸け橋としての役割を果たすなど、独自のイスラム外交を展開すべきである。

3 イスラム文明を継続的に研究する機関の設置

 欧米には文明を研究する機関が数多く存在しているが、我が国には少ないため、多様な文明の戦略的かつ総合的な研究の推進が不十分である。文明間対話を推進するためのインフラの一つとして、イスラム文明を継続的に研究する機関を設置すべきである。

4 異文化に係る教育と日本・イスラム双方における教科書検証

 イスラムが世界的な広がりを持つ中で、日本国民が年少期から異文化について正確な知識を持つことが必要である。初等教育から高等教育まで、イスラムに関する知識を段階的に得ることができる体制を整備すべきである。

 また、現在、日本とイスラム世界の教科書における双方の記述の質や量は必ずしも十分であるとは言えない。日本とイスラム諸国の研究者間で、双方の教科書における日本・イスラムの記述についての検証を試みるべきである。

5 日本・イスラム双方におけるアラビア語・日本語の普及と日本の図書のアラビア語への翻訳

 日本とイスラム世界との相互理解を増進する上で、イスラム世界における日本語の普及と日本におけるアラビア語の普及は不可欠であるが、現状では十分であるとは言えない。日本とイスラム世界において双方の言語を普及させるため、教育環境や条件の改善に努めるべきである。

 また、イスラム圏においては日本に関する出版物が少ないため、人々が日本について知る機会は非常に限られている。日本の基幹図書について、アラビア語への計画的な翻訳を推進すべきである。

6 中東イスラム研究の推進

 欧米の研究機関は社会調査を始めとした情報収集の経験を積んでいるが、日本の研究機関には、独自の情報収集チャンネルが不足している。中東イスラム研究を一層推進するとともに、既存の調査研究機関の連携を図りつつ、積極的な人脈作りを行い、独自の情報収集システムを構築すべきである。

 日本では、長期に研究者を派遣して現地の事情を研究させる体制が必ずしも十分でないため、研究所を現地に作り、大学、官公庁あるいは民間から、2~3年の単位で研究者を派遣するシステムを構築すべきである。

 また、日本の中東イスラム研究の層をより厚いものにするためには、多様な分野の研究者が参画する必要がある。これまでの歴史、文化などの人文科学分野に加えて、今後、政治学や経済学など社会科学分野の研究者が積極的に参画できるよう条件を整備すべきである。

7 外務省「イスラム研究会」の継続と拡充・強化

 イスラム世界の研究には、長期間にわたる積み重ねが必要であるが、政府による研究プロジェクトには、これまで継続性に欠ける面があったことも否めない。

 2000年3月に「河野イニシアチブ」に基づいて設置された外務省「イスラム研究会」は、同年12月に報告書を取りまとめたが、イスラムへの理解を深め日本外交に資するためには、今後、提言の活用や一層の調査・研究など継続的な取組を進めるとともに、その拡充・強化を図るべきである。

8 議員外交の積極的な推進

 イスラム世界との相互理解を図るためには、政府レベルのみならず、国会議員や民間による交流を更に促進する必要がある。日本外交の一環として、議員外交を積極的に展開すべきである。そのため、イスラム諸国との間の友好議員連盟を活性化させるとともに、例えばイスラム諸国会議機構(OIC)やアラブ連盟の各種会合に超党派の国会議員をオブザーバー派遣する方策について、関係各機関での検討を進めるべきである。

9 イスラエルとパレスチナ間の信頼醸成措置の拡充とパレスチナ支援の拡大

 中東地域における平和と安定の確保にとって中東和平問題の解決がかぎとなる。中でも、イスラエル・パレスチナ両当事者間の信頼醸成が不可欠である。我が国は、イスラエル・パレスチナ双方の教育関係者等の交流への支援、環境協力への支援など、信頼を醸成するための方策をこれまで積極的に講じてきた。今後とも、あらゆる機会をとらえて、両当事者間に信頼を醸成するための方策、措置を実施し、拡充すべきである。

 また、信頼醸成には両当事者ができるだけ経済的、社会的に対等であることが望ましく、そのためには、パレスチナにおける貧困の克服・自治政府の統治能力向上等が必要である。我が国は、貧困の克服・自治政府の統治能力向上等のためのパレスチナ支援を一層拡大すべきである。

10 湾岸に協力的安全保障構造を構築する可能性の検討

 原油の大半を中東地域に依存している我が国にとり、湾岸が平和で安定していることが極めて重要である。地域の中長期的安定は、関係諸国間に政治と安全保障問題に関する対話と協力の関係が築かれ進展することで初めて確保され、発足以来10年を経過したASEAN地域フォーラム(ARF)もこれを示している。よって、湾岸地域にARFに類する緩やかな協力的安全保障構造を構築する可能性について検討すべきである。

11 日本の資源エネルギー外交の強化

 我が国の原油の中東依存度は約9割に達しており、中東地域との関係は重要である。中東諸国との相互依存関係を強化するため、石油資源の開発、基礎的インフラの再整備、雇用創出と産業育成支援、教育や職業訓練等のための協力を実施すべきである。

 また、エネルギー安全保障を確保する観点から、日本のプレゼンスが弱いとされているカスピ海沿岸諸国等中東地域以外へのアプローチを強化し、供給源の多角化を図るとともに、石油備蓄制度が十分に整備されていないアジア諸国に対し、各国のニーズに配慮しつつ、我が国の備蓄に関するノウハウを移転する等の協力を推進すべきである。

12 中東イスラム地域開発のための国際会議の開催の支援

 中東諸国を含む途上国では、今もなお、貧困、紛争、テロ、感染症、環境問題、男女の格差、教育、保健医療、水と衛生、農業分野など開発に係る課題が山積している。また、メソポタミア湿原の復元に見られるように、中東イスラム地域では複数国に関係する課題が少なくない。この地域での二国間によるODA及び国際機関を通ずるODAをより一層有効に活用するため、中東イスラム地域開発のための国際会議の開催を支援すべきである。

13 アフガニスタン復興支援における地雷除去支援等の重視

 アフガニスタンの安定は、中東イスラム地域の平和と安定の実現に不可欠であり、テロの根絶・抑止のために極めて重要である。我が国は、引き続き、同国の平和の定着と国づくりの順調な進展のために積極的な復興支援を行うべきである。そのため、人道上大きな問題であるのみならず、復興と開発への努力に大きな障害となる地雷の除去支援や義足製作技術の供与を継続すべきである。また、社会の安定に不可欠である元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)に対する支援を拡充・強化すべきである。

三 東アジア経済の現状と展望

 欧州連合(EU)の市場統合や北米自由貿易協定(NAFTA)の創設を始め、1990年代から世界の各地域で経済統合の動きが広がってきている。経済統合の真空地帯と言われる東アジア地域においても、1997年の通貨・金融危機を契機として急速に経済統合へ向けた動きが活発化している。日本も本年3月、シンガポールに続き2例目となるメキシコとの自由貿易協定(FTA)を実質合意させ、韓国、マレーシア、フィリピン、タイと正式に政府間交渉に入るなど、東アジアを中心とした諸国とのFTA交渉を進めている。その中で、日本は、対外経済戦略の確立や構造改革などFTA推進に向けた体制を構築していくと同時に、経済的な相互依存の流れを東アジア共同体の形成へとつなげていくことが求められている。

 また、今後の東アジア経済を展望していく上で、世界貿易機関(WTO)への加盟を果たし市場経済化が進む中国の存在、域内協力の有用性を認識させるきっかけとなった通貨・金融危機の影響、アジア地域における情報化の進展の動きなども欠かせない視点となっている。

 調査会においては、FTAの意義、日本の経済外交におけるFTAの位置付け、農業の改革等の国内的課題、台頭する中国経済に対して日本が取るべき方策、域内金融協力における日本の貢献の在り方、東アジア地域に対するIT(情報通信技術)面での日本の貢献策などについて、幅広い議論が展開された。

 本章では、3年目の調査を中心として「主要論議」を整理するとともに、3年間の議論を踏まえ「提言」をまとめた。

1 主要論議

(一)経済統合の潮流と東アジアの動向
(東アジアの経済統合)

 WTO交渉が停滞する一方、世界規模で地域統合が進展していることについて、参考人から、1990年代後半の経済統合には、EUのようにより深い統合を目指す動きと、中進諸国や小国がFTAネットワークのハブを目指す動きがあるとの見方が示された。

 東アジアについて、参考人から、アジア通貨危機を契機に金融面での協力が進展し、こうした動きが日本・シンガポール経済連携協定の締結や中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)のFTA協議など実物面にも拡大したとの見方、アジアで域内協力が進展した背景には、域内貿易比率の上昇、通貨危機の回復過程で生まれたアジアとしての一体感、域内協力への期待感があるとの見方、基本的にはASEANと日本・中国・韓国の枠組み(ASEAN+3)を単位として東アジアの統合を進めることについて各国が合意しているとの見方が示された。

(FTAと金融協力)

 委員から、アジア債券市場(アジア・ボンド)構想とFTAの関係が問われた。参考人からは、FTAにより、物や人の移動が頻繁になると、通貨協力や資本市場統合のメリットが大きくなるので、アジア・ボンド構想も積極的に進められているとの見方が示された。委員から、FTA締結に関連して資金移動の自由化をどう扱えばよいかが問われた。参考人からは、資金移動の問題はFTAの規定にはない深い統合の部分なので自由に決められるが、アジア通貨危機の教訓から、ある程度の規制は必要であるとの意見が述べられた。

(中国、米国のFTA戦略)

 中国のFTA戦略について、委員から、日中関係をどうとらえるかは日本のFTA戦略を考える上で重要であるとの見方が示され、中国がFTAに積極的である理由が問われた。参考人からは、中国は外国資本を呼び込むために自由貿易を推進しているとの見方、経済を先駆けに南方への進出を意図しているとの見方が示された。

 米国のFTA戦略について、委員から、市場原理の拡大、安全保障の観点、エネルギー資源の確保等の理由が取り沙汰されているが、真の目的は何かが問われた。参考人からは、米国の進めているFTAには、経済的利益を目指すもの、経済援助の色彩が強いもの、地域の政治的安定に配慮したもの等、性格の異なるFTAが混在しているとの説明がなされた。

(東アジア共同体)

 2003年末の日・ASEAN東京宣言等に見られる東アジア共同体の考え方について、委員から、共同体構築の道筋においてFTAがどのような効果をもたらすのか、また、将来的には安全保障に関する仕組みを想定すべきかが問われた。参考人からは、FTAは東アジア共同体への必要条件で重要な一歩であるとの意見、長期的には、アジアを戦争が起きない状態にすることが経済統合の背後にある重要な動機であるとの意見が述べられた。

 委員から、東南アジア友好協力条約(TAC)に日本が加盟したことの意義が問われた。参考人からは、新たな安全保障上の義務は生じず、むしろ、ASEANとの友好関係を示す象徴的な意味が強いとの認識が示された。

(二)FTAの特徴
(FTAの利点)

 政策ツールとしてのFTAについて、参考人から、かつては経済ブロック化のおそれ等、負の側面が強調されたが、近年では、投資促進、政策改革、自由化促進等の積極的効果が重視されており、また、相手国の選択についても自由化の意思を共有していればよいと考えられるようになったとの見方が示された。

 FTAの利点について、参考人から、(1)基準、規制の撤廃等の深い統合による経済規模や市場の拡大、(2)交渉スピードの速さ、(3)WTO交渉への好影響、(4)FTA未締結による不利益の回復が挙げられるとの意見、資本の交流、技術の交流、人の移動が国際競争力の向上につながるとの意見が述べられた。

(東アジアにおけるFTA)

 東アジアにおけるFTA締結について、参考人から、日本のような先進国にとっては、自国の法制、税制、基準・認証、資格等をアジアの開発途上国に普及させ、企業の投資環境を改善させる好機であるとの見方、中国への立地の優位性を警戒するASEAN諸国にとっては、直接投資を呼び込むことが最大の理由であるとの見方、FTA網を構築しても原産地証明の問題はつきまとうが、一部の国を除き、既に譲許税率の低い東アジアでは異なった適用税率や原産地規則などの諸ルールが複雑化して行き詰まる、いわゆるスパゲッティ・ボウル現象の回避も可能であるとの見方、自主的な動きが中心のアジア太平洋経済協力会議(APEC)と違い、FTAには相手国の政策変更を迫る効果があるとの見方が示された。

(FTAとWTO)

 通商交渉におけるFTAとWTOの関係について、参考人から、二者択一ではなく、FTAとWTOの自由化を同時に進めることが重要であるとの意見、WTO中心の日本の通商政策を方向転換することについては、海外進出企業からも強い要望があったとの意見が述べられた。政府から、多国間主義を補強するものとして地域主義を推し進めるべきであるとの見解が示された。委員から、FTAかWTOかの議論を越えて、現在の世界貿易システムにおける不公平、不公正を改革する必要があるとの意見が述べられた。

(FTAと地方自治体)

 委員から、日本の一地方自治体がFTAを結ぶことの実現可能性、国内法上の経済特区とFTAとを関連させた場合の意義が問われた。参考人からは、関税面のメリットはほとんどないので、規制面での優遇を想定すると、それは特区の考え方に近くなるとの意見、ただしその場合も、日本のほかの地域やアジア諸国にはない魅力がなければ、限られた職種、産業となり、進出するメリットを考えると、難しいとの意見が述べられた。

(三)日本の経済外交におけるFTA
(経済的利益)

 FTAを推進する場合の経済的利益について、参考人から、日本企業の利益拡大、消費者の実質所得の向上など厚生水準の向上、産業空洞化の防止があるとの意見、東アジア市場の形成につながれば日本経済の活力を維持できるとの意見、FTAによる利益は双方に発生するが、アジアの開発途上国より先進国である日本が受ける利益の方が大きいとの意見が述べられた。FTAを推進しない場合の不利益について、参考人から、中国がアジアに巨大ブロックを形成するか、米国が二国間FTAを促進することによって、日本企業がFTA網から取り残される危険性があるとの見方が示された。FTA推進の判断基準について、参考人から、経済的利益の増進が経済外交の基本である以上、国全体の産業、消費者を見て、利益が不利益を上回る場合は推進すべきであるとの意見が述べられた。

(経済外交の重要性)

 経済外交の重要性について、参考人から、東アジアにおいて日本経済の地位が相対的に低下することは避けられないが、この下げ止まりを図るためには経済外交が決定的に重要であるとの意見、日本外交における経済外交、経済外交におけるFTAをどのように位置付けるかについて、いまだ明確なイメージを共有できていないとの意見、日本が東アジアでリーダーシップを発揮し、世界第2位の経済力を生かしつつ、アジアと手を組むという方向性はもはや避けられないとの意見が述べられた。

 委員から、アジアあるいはASEANに対し、戦略性を持って臨むことが重要であるとの意見、FTAについて、各分野の主張にとどまらない全体的な議論を国民に提示し、その是非を協議すべきであるとの意見、FTAが日本の経済社会にどのような影響を及ぼすのか、論理的に構成する必要があるとの意見、政治がリーダーシップを取り、日本の国益に基づいた方向性を打ち出すべきであるとの意見が述べられた。

 委員から、東アジアの将来を展望したとき、日本の地位はどのように描けるかが問われた。参考人からは、貿易、金融等の面で自由な経済環境を整え、日本企業の競争力を発揮させることが、日本の経済的利益、ひいては東アジアでの地位を決定することになるとの意見、東アジア経済統合のデザインを主体的に描き、これを実行することは、域内では日本にしかできない仕事であるとの意見、経済主導で東アジア共同体を構築することが日本の戦略的課題であるとの意見が述べられた。

(望ましいFTAの姿)

 日本が目指すべきFTAの姿について、委員から、将来的に質の高い東アジア全体の経済連携を目標に置き、かつ中国にもビジネス環境の整備を迫るという意味で、最初から質の高いFTAを主導すべきであるとの意見、質の高さとして担保すべきは、自由化の度合いの高さとカバーする範囲の広さであるとの意見が述べられた。参考人から、アジアのダイナミズムを生かすためには、関税撤廃に加え、貿易・投資の自由化と円滑化、制度構築、紛争解決方式の確立、経済・技術協力を盛り込むべきであるとの意見、中国・ASEANのFTAは途上国同士であることから、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)第24条の規律が掛からないため、それほど質の高いものにはならず、したがって、日本の結ぶ質の高いFTAがこの地域のモデルとして重要になるとの意見が述べられた。

 委員から、日本・シンガポール経済連携協定の経験からどのような教訓が得られたかが問われた。参考人からは、日本がFTAを結ぶ能力があることを示したとの意見、今後のFTA交渉のひな形になり、交渉の迅速化が期待できるとの意見、日本・シンガポール経済連携協定の枠組みは包括的によくできており、この枠組みで日本が交渉の主導権を握るべきであるとの意見が述べられた。

(国別交渉)

 委員から、国別交渉方針と全体戦略との関係が問われた。参考人からは、全体像としてASEAN+3があるが、メリットの大きいところから順次交渉して、最終的に全体をつなげればよいとの意見、ここ1、2年の交渉経過から、相手国の選択や順序、盛り込むべき内容の大枠は既に明確であるとの意見、経済水準、非関税障壁の観点から日本はまず韓国とのFTAを推進すべきであるとの意見が述べられた。

 委員から、日中韓FTAの実現の見通しが問われた。参考人からは、日中のFTAについては中国国内の政策環境が問題になるので難しいとの意見、まず日韓で高水準のFTAを作り、日本とASEAN数か国のFTAを実現した上で、それを土台に中国と交渉する枠組みが必要であるとの意見が述べられた。委員から、日中韓FTAに対する米国の見方が問われた。参考人からは、中国の経済発展が政治的多元化に結び付き、民主主義の日韓両国と良好な関係を築くことは、米国にとっても好ましいとの認識が示された。

 ASEANとの連携について、参考人から、ASEANの結束と安定を重視する形で進めるべきであるとの意見、国別交渉が先行するが、ASEAN全体との包括的連携も念頭に置くことが重要であるとの意見、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムのASEAN新規加盟国に対しても最終ゴールは高く設定すべきであるが、タイムスケジュールには余裕を持たせるなど、配慮が必要であるとの意見が述べられた。ASEANとの協定について、委員から、関税の引下げにこだわらず大学における単位互換、基準・認証の共通化等、日本・シンガポール経済連携協定に見られるような幅広い協定を考えていけばよいとの意見が述べられた。

 台湾とのFTAについて、委員から、その見通しが問われた。参考人からは、貿易、投資、人的交流等の観点からは自然な選択であるが、政治的に難しいとの意見が述べられた。

(FTAとODA)

 政府から、日本の外交政策におけるFTAと政府開発援助(ODA)との関係について、FTAや経済連携に資するODAに優先順位を付けていくことが重要であるとの見解、日本はFTAではASEANとの間に東アジアという共通項を持ち、ODAでは信頼醸成もできているので、今後はODAをFTAと連動させたいとの見解、ASEANの中にも進んだ国と新規加盟4か国があり、開発の余地の大きい後者にはODAの活用も必要であるとの見解が示された。

 委員から、FTA交渉相手国に対するODAの在り方が問われた。参考人からは、東アジア向けの経済協力において、貧困撲滅は主要な政策課題ではなくなっているとの意見、日本が経済統合の主導権を握るのであれば、戦略性を重視して経済協力の枠組みを見直すべきであるとの意見が述べられた。委員から、FTAとODAは二者択一の問題ではないが、ODAは、開発援助、人道支援等、目的を明確にして戦略的に活用すべきであるとの意見が述べられた。

(四)FTA促進のための国内的課題
(産業間の利害調整)

 委員から、FTA締結を推進していく際に、農業分野と工業やサービス分野が対立関係のごとくに扱われてはならないとの意見が述べられた。参考人から、利益の出る産業から不利益を被る産業に対する時限的な所得移転という国内措置により、対外経済戦略の推進をサポートする体制作りが必要であるとの意見、現在の日本の補助金制度の中でも産業調整に対する支援は十分可能であるが、改革へのインセンティブを持った制度の導入が必要であるとの意見が述べられた。

 委員から、他国での産業調整の方法が問われた。参考人からは、米国のNAFTA対策費では、現在の利益に対する補償というより産業調整の促進に対する補助という発想で調整が行われているとの説明がなされた。

(FTAをめぐる農業問題)

 参考人から、農林水産省のスタンスについて、農業部門も原則的にFTA締結を支持し交渉にも積極的に関与するとして、FTAを始めた当初とは立場は変わってきているとの見方が示された。参考人から、東アジアには農林水産品の輸入に対する比率が10%前後の国も多く、実質的にすべての品目をFTAの対象に含めるGATT第24条の90%ルールをクリアするのはそれほど困難ではないが、FTA交渉における農業交渉には、(1)GATT/WTO規律の遵守、(2)交渉相手国の満足、(3)日本の農業改革への貢献の三つのポイントを検討する必要があるとの説明がなされた。

 日本と東アジアとの関係について、委員から、日本は農業の面でも東アジアとの水平分業的な共存共栄の道を探っていくことが大切であるとの意見、日本や東アジアにおける農業の最終的な姿を見据えて、FTAについて見直しを行いながら徐々に連携を深めていくべきであるとの意見、東アジアでの農業は産業というより生命、生活そのものであるとの意見が述べられた。参考人からは、東アジア共同体という観点から、日本の農業に関与する人も、東アジアの農業に関与する人たちと「ともに歩みともに進む」という形を作っていかなければならないとの意見、日本や東アジアの農業ビジョンを前提とした上で日本農業の自由化や構造改革を推進していくべきであるとの意見が述べられた。

 東アジア諸国との農業協力について、参考人から、かつての我が国での一村一品運動や農協の豚預託制度などの経験を農村の所得向上に生かし、農業協力を貧困対策の一環としてFTAの中に位置付けることにより、東アジアの共同体としての力が強まるとの見方が示された。

(農業改革)

 委員から、農には、文化としての農、食料としての農、産業としての農という三つの切り口があり、これら三つの農の折り合いを付けていくことが重要であるとの意見が述べられた。

 農業改革の必要性について、委員から、日本も農業分野を競争にさらすことで逆に農業の体力を強化できるという積極的な発想を持つべきであるとの意見、農業というセンシティブな問題を解決し「開国」を進めていくべきであるとの意見、日本が農業改革を進めておかなければ、FTA、WTOの交渉の場で一つの交渉材料を持つことができないとの意見、農業改革によって国際競争力が高まればFTA締結国への輸出も可能になるという視点から日本の農業を見直すべきであるとの意見が述べられた。

 具体的な農業改革の方策について、委員から、生産性の向上こそ急務で、法人化による大規模経営、企業論理の導入、流通の近代化が重要であるとの意見、日本には巨大な食関連の産業があるので、農産物に対する多様なニーズを見直し、新しい農業ビジネスを開拓していくべきであるとの意見が述べられた。また、参考人から、(1)農地を農地として効率的に利用し得る農地利用制度の確立、(2)集落営農も含めた地域農業の担い手の経営を支える新たな経営所得安定対策、(3)多面的機能を発揮する農業資源の保全、農村整備対策、(4)自給率向上を目指した飼料作物や大家畜の水田農業への戦略的な導入と定着化、(5)輸出振興、バイオマスエネルギー利用の推進を掲げ、これらの施策を支援するための税制・金融・法制度の整備対策が必要であるとの意見が述べられた。

 直接支払も含めた所得補償について、委員から、政治面や財政面のハードル、また国民の理解という点も勘案しなければならないが、一つの現実的な処方せんとして評価するとの意見が述べられた。参考人から、日本全体の純益を考えて決定すべきであるが、構造改革が進むという枠内での所得補償であれば国民も納得するのではないかとの意見が述べられた。

 参考人から、農業や農家を守ることは必要であるが、関税によって守ることが最も効率的な方法ではなく、農家の所得を守るのであれば所得補償に、農業を守るのであれば大規模農業に移行するなど戦略的な転換が必要であり、これを政治の側からも推進すべきであるとの意見が述べられた。委員から、所得補償方式や株式会社法人など日本の農業の仕組みは最終的には政治家がどう判断するかであり、政治家のリーダーシップが不可欠であるとの意見が述べられた。

(食料安全保障と農業の多面的機能)

 委員から、農業改革を進めていく際に、食料安全保障と多面的機能の二つが最大の課題であるが、それらの総合安全保障の中での位置付けを明確にし、閣議に諮り全省庁的な理解を得る必要があるとの意見が述べられた。

 日本の食料自給率について、委員から、ほかの先進国が自給率を引き上げる中で日本の自給率が低下するのは、政府の明確な展望や政策の欠如にあるのではないかとの見方が示され、農業が壊滅的なダメージを受け一国では補完できない状態が世界的に起こる可能性も想定して、自給力だけは確保しなくてはならないとの意見が述べられた。参考人から、食料だけの安全保障はあり得ず、輸入先の分散が不可欠であるとの意見、零細な家族経営という共通性を有するアジア・モンスーン地域における食料安全保障という観点から、東アジアの共同体についてFTAの中で考えていくことが重要であるとの意見が述べられた。

 食の安全について、委員から、日本の食の安全に対する姿勢を国民だけでなくASEAN等の国々にもアピールすることが重要であるとの意見、日本が衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)によって過度の貿易外障壁を築いているとの各国からの批判に対して、政府は国民の食の安全への関心が強いことに配慮し対応すべきであるとの意見が述べられた。参考人から、安全基準や安全の確認手段を緩める必要はないが、透明な制度であることが必要であり、検査官の派遣など日本からの技術支援によって安全性推進の姿勢を示すべきであるとの意見が述べられた。

 農業の多面的機能について、委員から、環境や災害防止という観点からも強力な農林水産業政策を展開していかなくてはならないとの意見、FTAを締結しても通用するような農政全般にわたる多面的なインフラ整備が必要であるとの意見が述べられた。

 委員から、東アジア米備蓄機構の意義が問われた。参考人からは、ASEAN+3で検討が進んでおり、その内容は災害直後の緊急ニーズに対応するための備蓄システムであり、今後のFTAの検討の中で積極的に位置付けていく必要があるとの説明がなされた。

(規制緩和・構造改革)

 委員から、通商立国として日本が東アジアをまとめ上げることが重要であるとの意見が述べられ、そのために必要な国内政策が問われた。参考人からは、日本が国際社会での発言力を確保するという観点からは国際競争力の維持が重要であり、そのためには構造改革が必要であるとの意見、特に、ソフトを生かす産業あるいは政治や文化の力を強化することが必要であるとの意見が述べられた。

 参考人から、FTAを進めていく前提条件として、高コスト構造の是正や対外的な市場アクセスの改善、国際競争力の弱い分野の改革による産業構造の高度化、人の移動の自由化、バイオテクノロジー、ITなど戦略的な産業分野での基礎研究の充実と応用開発の強化など、国内産業の基盤強化が必要であるとの意見が述べられた。

 看護師やマッサージ師の受入れ、ビザ発給の問題などについて、委員から、日本側に外国人労働者を受け入れる土壌があるのか、日本人全体が考えなければならない問題であるとの意見、道路などの外国語表記や英語教育の問題など必要とされる法整備を行った上で受け入れるなど、ほかのアジア諸国に引けを取らないよう政治がリードしていく必要があるとの意見、外国人を受け入れる場合に、同化主義ではなく、多文化主義が必要であるとの意見、少子高齢化社会の中で、外国人を日本の新しい国づくりのパートナーと位置付けることが必要であるとの意見が述べられた。

(交渉の体制)

 参考人から、現行のFTA交渉体制について、外務省、経済産業省、財務省、農林水産省の統一意思の欠如、対内的、対外的交渉の進め方の欠如、要求と譲歩のリンケージ、戦略の欠如、スピードの欠如という問題があり、これを改善するには長期的には対外関係総合戦略会議を総理の下に設置すること、短期的には強力な対外経済担当大臣を任命することが必要であるとの意見が述べられた。

 委員から、FTA交渉において政治的リーダーシップの担保が重要であり、日本版のUSTR(米国通商代表部)の創設や通商担当の専任大臣の任命は、政治の側からの働き掛けとして必要であるとの意見が述べられた。

 日本版USTRの創設について、委員から、各省庁よりもランクが上の大臣にスタッフを付けた総理直属の強力なものとしてJTR(日本通商代表部)を作り、対内的にも対外的にも一体化していくべきであるとの意見が述べられた。参考人から、経済産業省や外務省経済局の役割分担が問題となっているので、その見直しを含めた形で行っていくことが必要であるとの見解、各省の利害を調整できる体制が必要であるとの見解が示された。政府から、携帯電話関係の交渉の経験からUSTRには良い印象はなく、かかる組織の設置は冷静に検討すべきであるとの見解、中国とASEANとの協議に見られるように、関係各省の代表が参加することで交渉の時間は掛かるが、合意したことを直ちに実行できる側面もあり、日本のやり方は国内の合意作りのためのシステムとして有用であるとの見解が示された。

 通商戦略の構築における政府と産業界の連携について、委員から、今後、FTA戦略の推進により日本企業の海外進出は再び促進されるであろうとの見解が示された上で、課題は政府と企業による共同戦略が欠けていることにあるとの認識が示された。

(五)日中間の経済関係
(中国経済の見通し)

 中国経済について、参考人から、金融マクロ面や政治体制の転換というリスクはあるが、人的資源の強みを生かし2020年までに日本とGDP規模が同じぐらいになるであろうとの見方が示された。委員から、中国の人口増加が日本経済に与える影響はおろそかにできないとの意見が述べられた。

 人民元切上げの見通しについて、委員から、中国の金融問題は日本にとって大きな問題であるとの意見が述べられた。政府から、中国が自らの判断で為替調整を行い、バブルの崩壊が起きないよう徐々に調整していくことが望ましく、日本の過去の経験を生かして協力していきたいとの説明がなされた。

 委員から、中国のWTO加盟に伴う義務の履行状況が問われた。政府からは、不十分なところはあるが全体としてはよく進めているというのが一般的な評価であるとの説明がなされた。

(日中貿易摩擦の現状と対応策)

 日中間の懸案事項について、政府から、知的財産権侵害問題、鉄鋼セーフガード問題、写真用フィルムの譲許税率違反問題などがあり、特に中国の模造品や海賊版対策などについて、日本からは、2002年10月のAPEC閣僚会議にエコノミー全体で取り組める枠組みを提案したとの説明、問題が起こる度ごとに中国側にミッションを出すなど懸念を伝えているとの説明がなされた。委員から、知的財産権に対する認識が中国だけでなく日本側も非常に低かったのではないかとの指摘がなされ、日本として主張すべきところは強く主張すべきであるとの意見が述べられた。

 委員から、日本と東アジア諸国は過去の日米貿易摩擦に類する関係にあるとの意見、日本は東アジア各国をよく理解した上で政策を立案すべきであるとの意見が述べられ、今後日本が進むべき方向性が問われた。政府からは、自由貿易を基調とし、中国や東南アジアより先を行く高付加価値産業の競争力を高めていく政策が必要であるとの見解が示された。

 委員から、政府の政策を公的規制から自由競争に転換していくべきであるとの意見が述べられ、日本の国家戦略として望ましい産業政策が問われた。参考人からは、税や省庁間の様々な問題、規制緩和等を解決し、外国の企業が日本で投資して事業を拡大できるようなハードとソフト、インフラを作れば、日本は非常に強い国家成長戦略を描けるのではないかとの意見が述べられた。

 また、委員から、中国との共生を考える場合、中国に対する反発と脅威論から生まれるナショナリズムを抑えるために、常に緊密な関係を平和裏に作ることが重要であるとの意見が述べられた。

(六)東アジアにおける通貨・金融危機の再発防止
(域内金融協力の進捗状況)

 アジア通貨危機以降の金融自立化の動きについて、参考人から、(1)アジア危機の直後には、アジア域内における円の基軸通貨化と、アジア通貨基金(AMF)構想が検討されたが、いずれも具体的な成果を上げるには至らなかったこと、(2)アジア金融協力の機運が消えたわけではなく、今日では、二国間中央銀行スワップ網の構築(チェンマイ・イニシアチブ)、アジア共通通貨導入の検討、債券市場育成の研究などが着実に進展していることの説明がなされた。

 政府から、チェンマイ・イニシアチブの進捗状況が説明された上で、通貨スワップ網の構築に加え、各国の日常的な政策対話が重要であるとの見解、世界各地で経済危機が相次いだことから、経済のグローバル化がもたらす大規模な国際資本移動が、マクロ経済や国際金融システムに対する攪乱要因になっているとの見解が示された。

 委員から、中央銀行スワップ網の整備がAMF構想に結び付くかが問われた。参考人からは、AMF構想は金融協力の長期的な発展段階を展望した場合に考えられる青写真の一つであって、両者が直接結び付くわけではないとの見方が示された。委員から、アジア通貨危機の経験から、実体経済に基づく資本取引と投機資金の移動を判別することが重要であるとの意見、中央銀行スワップ網の構築においては、巨額の外貨準備を持つ日本のイニシアチブが問われるとの意見が述べられた。

(金融協力の強化に向けた構想)

 委員から、豊富な国内貯蓄をアジアのためにどのように使うかが各国共通の問題意識であるとの意見が述べられた上で、タイのタクシン政権が提唱するアジア・ボンド構想についての所見が求められた。政府からは、開発資金調達における期間と通貨のミスマッチを回避し、国内貯蓄を直接国内の長期投資に向けるというのがアジア・ボンド構想の発想であるが、このうち、タクシン政権が提唱するものは需要側に着目したものであり、この構想では必ずしも通貨のミスマッチは解消されず、ASEAN+3は、これとは別に、供給側のボンド構想についての検討を始めているとの説明がなされた。参考人から、タクシン構想について、アジア域内の投資資金の増大とドル依存の減少の二つのねらいが考えられるとの見方が示された。

 委員から、欧州経済圏、北米経済圏と並ぶアジア経済圏を構想する場合、共通通貨の問題が重要であるとの意見が述べられた上で、その実現可能性が問われた。政府からは、何らかの共同経済圏ができた場合には、共通通貨がある方が望ましいとの見解、現状においてもアジア域内における通貨の安定は重要であり、通貨バスケットの試みもそうした考えに沿ったものであるとの見解、アジア域内の経済格差が大きいことから、アジア通貨単位の実現は長期的課題になるとの見解が示された。

(七)東アジア地域におけるITと日本の貢献
(東アジア地域におけるIT)

 政府から、東アジアでは様々な段階で情報格差(デジタルデバイド)の是正が課題となっているとの認識が示された上で、欧米と比べてもアジアは情報流通量が少なく、アジアの大きなポテンシャルを発揮するため「アジア・ブロードバンド計画」を推進しているとの説明がなされた。

 委員から、IT面でアジアが連携して何を目指すのかが問われた。参考人からは、ハード面ではアジアの中での基幹的なネットワークの構築が、ソフト面ではローカルコンテンツの充実が重要であるとの意見、アジアの連携協力を進める中でITの使える可能性を考えていくべきであり、ITの次元とは異なる政治的なリーダーシップも必要であるとの意見が述べられた。

(日本の国際貢献)

 政府から、二国間協力を縦糸にし、APECやASEANなどでの域内協力の枠組みを横糸にして、途上国における情報社会への移行を促進していくとの説明がなされた。委員から、ITのインフラ状況が異なるASEAN各国を支援する際の心構えが問われた。参考人からは、従来の援助する側、受ける側という立場を超え、お互い対等の立場で議論し合うべきであるとの意見が述べられた。政府から、ITは普及すればするほど便益も拡大するという特性を持っているので、日本にとっても有益であるとの見解が示された。

 委員から、IT分野での光ファイバー関係のネットワーク技術など日本の先端的技術の存在がアジア諸国においてなかなか見えてこないとの意見、日本はODAの先進国として人材育成も含めIT支援の先頭に立つべきであるとの意見、IT面でアジアにどう貢献するかが次世代をにらんだ日本の東アジアに向けた最も重要な役割であり、それが日本の大きな国益につながるとの意見、アジアにおけるITインフラの整備促進が、予防外交の面でも、経済戦略の面でも重要であるとの意見が述べられた。

2 提言

1 質の高いFTAの締結

 NAFTA、EU等、世界各地で大規模な経済統合が進展する今日、市場統合による競争力強化は東アジア各国にとり共通の課題となっている。域内の先進国である日本は、経済統合の牽引役として、将来の統合の深化を見据えた優れたモデルを提示することが求められている。我が国は、WTOとの整合性を確保しつつ、日本・シンガポール経済連携協定や本年3月に大筋合意された日本・メキシコ経済連携協定に見られる質の高いFTAを東アジア各国と締結すべきである。

2 経済を軸とした東アジア諸国との連携の拡大・強化

 東アジアにおいて、経済統合の進展を契機に、EUのような共同体を意識した幅広い連携が模索されている。経済における相互依存が政治、外交などほかの分野へ好影響を与えることは、地域の安定にとって望ましいことである。昨年12月、日・ASEAN東京宣言に盛り込まれた東アジア共同体の実現を目指し、東アジア諸国との連携を一層拡大・強化すべきである。

3 経済統合の全体戦略の明示と国民的な理解の促進

 我が国は、経済的利益の確保と経済外交の促進という二つの要請にかんがみ、また、産業界や消費者等を含めた国全体の利益を増進するという観点から、東アジア各国とFTA交渉を進めることが求められている。今後、活発化する国別交渉の前提として、政府は、早急に経済統合に関する全体戦略を国民に明示し、十分な理解を得るよう努めるべきである。また、FTA交渉を進めるに当たっては、事前の連携を一層充実させ、体制の強化を図るべきである。

4 経済統合促進のためのODAの戦略的活用

 我が国は、これまでODAの半分以上を東アジア諸国に投入し、経済、産業の基盤整備を重点に支援を行ってきた。しかし、近年、東アジア諸国と日本との間の経済活動を円滑化し、経済統合を促進するためには、貿易投資環境の整備のための制度・ルール整備支援が重要であるとの認識が高まっている。政府は、今後、東アジア諸国へのODAについては、一部諸国における貧困解消に十分配慮しながら、FTA締結の促進のため、法制度、税制、基準・認証制度、資格等のソフトインフラ分野の技術協力を積極的に行い、これを戦略的に活用すべきである。

5 交渉体制の見直し

 現在の我が国のFTA交渉は、外務省、財務省、農林水産省、経済産業省などが当たっているが、司令塔の不在による交渉の遅れや縦割りによる非効率性が各方面から指摘されている。政府は、十分な調整が行われるよう、本年3月に経済連携促進関係閣僚会議を設置し、取組体制の強化を図ってきている。しかし、なお、国内的な調整、対外的な交渉において、強力なリーダーシップを発揮する一つの実行機関が必要であり、例えば、米国通商代表部(USTR)にならい、内閣総理大臣直属の組織として日本通商代表部(JTR)の設置を検討すべきである。

6 日本企業の国際競争力強化に向けた施策の推進

 東アジア地域の経済の自由化が進展し国際競争が激化する中で、国内の空洞化を防止し日本企業が競争の優位性を確保するためには、産業競争力の強化が不可欠である。政府は、質の高いFTAを数多く締結することによるメリットを活用し、高コスト構造の是正、規制の緩和、対内直接投資に伴う障害の撤廃、高付加価値産業の育成などに向けた施策を積極的に講ずべきである。なお、その際、一部の地方経済、産業、労働者への影響を考慮し、所要の対策を講ずべきである。

7 東アジアにおける金融協力の促進

 1997年の通貨・金融危機の教訓から、東アジアでは危機の再発防止と金融システムの安定に向けた金融協力が進展している。通貨・金融面と貿易・投資面における統合の相互作用がアジアの経済統合を深化させることから、我が国は、チェンマイ・イニシアチブについて、現行の二国間協定から多国間取決めへの拡大を図るとともに、外貨供給限度額を引き上げるなどの拡充を図るべきである。また、アジア債券市場の育成のため、より一層の支援を行うなど、協力枠組みの強化や安定的な金融システムの構築に積極的に貢献すべきである。

8 FTA促進と農業改革の推進

 WTOとの整合性から、農業分野のみを除外してFTA交渉を推進することは避けるべきである。しかし、我が国は既に世界一の農産物純輸入国であり、農業の多面的機能、食料安全保障の観点から市場原理のみに基づいて対応することが困難であることも否定できない。政府は、FTA交渉では守るべきものは守り、その一方で、農業分野の競争力強化を図るべきである。そのために、規模拡大によるコスト削減や技術革新の推進、担い手の多様化を図るほか、消費者の求める安全で品質の高い農産物を生産し、差別化、高付加価値化に一層努めるべきである。また、所得補償政策の導入についても検討すべきである。

 なお、アジア・モンスーン気候の下、人口密度も高く、水田農業を中心とした小規模家族経営という共通の特徴を持つ東アジア地域との共生、すなわち貧困の削減、所得の向上のための技術協力、食糧備蓄体制の整備などにも十分配慮すべきである。

9 看護師、介護士などの外国人労働者受入れに関する国民的議論の深化

 看護分野における外国人労働者は、我が国の国家資格の取得などにより就労が認められているが、現在のところ受入れ拡大にはつながっていない。少子高齢化の進む我が国にとって、外国人労働者の受入れ問題は、看護・介護分野にとどまらず、避けて通れない課題となっている。しかし、外国人労働者の受入れは、我が国の雇用環境を根本的に変化させ、経済社会に与える影響が大きいと予想されることから、国内の議論はいまだまとまっているとは言えない。その受入れについては、今後の我が国の国の在り方とも関連させ、国民的議論を深化させていくべきである。

10 知的財産権保護対策の強化

 知的財産権の侵害は、日本に多大なる被害をもたらすのみならず、東アジア地域の経済統合の推進を妨げ、その質を損ねかねない。しかるに、近年、東アジア諸国において、商標権、意匠権、特許権の侵害など質的な被害そして大量の模倣品が流通するという量的な被害が増大しており、日本企業の知的財産権侵害の事例は拡大し続けている。我が国は、東アジア諸国に対して知的財産権保護を強く要請するとともに、取締りの実効性を向上させるための支援・協力を行うべきである。

11 デジタルデバイド解消に向けた支援の推進

 東アジア地域においては、ITが急速に普及している一方で、各国間、そして各国内におけるデジタルデバイドは拡大しており、その解消が大きな課題となっている。我が国は、2010年を目標とするアジア・ブロードバンド計画の実現やアジアITイニシアチブを一層推進し、ITインフラ整備のハード面における支援だけでなく、デジタルコンテンツの流通やIT関連の教育を促進するなどソフト面も含めて、デジタルデバイドの解消に向けた支援を行うべきである。

あとがき

 本調査会は、新たな世紀を迎えた2001年8月、3年間にわたる調査活動のテーマを「新しい共存の時代における日本の役割」と定め、具体的な調査項目として「イスラム世界と日本の対応」及び「東アジア経済の現状と展望」について鋭意調査を行ってきた。

 折しも、2001年9月11日、米国で同時多発テロ事件が発生した。同事件については「文明の衝突」との見方もあり、イスラム世界との対話の必要性、重要性が改めて認識された。2050年にはイスラム教徒が世界の人口の3分の1を上回るとの国連推計もあり、イスラム世界との一層の対話と交流は焦眉の課題であろう。

 東アジアでは域内協力が進展しつつある。1997年のアジア通貨危機の経験を踏まえ、チェンマイ・イニシアチブやアジア・ボンド構想など通貨・金融面での協力、そして日本、中国、韓国、ASEANを極としたFTA締結の動きが出てきたことは、東アジア共同体構築に向けて大きな意義があると言えよう。

 「新しい共存の時代」とは、価値の多様性を尊重しつつ、対外交渉と国内調整を同時に行う能力、そして摩擦と融合を繰り返しながら進展していくという国際社会の現実を踏まえ、主体的かつ積極的に行動する能力が求められる時代である。我が国の果たすべき役割は極めて大きいと言えよう。

 最後に、本報告に掲げた「提言」については、関係各方面において十分な検討の上、諸施策に反映されるよう要望する。