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参議院60周年記念論文入賞者



私たちが夢見るこれからの日本~誇れる国「日本」の一員として~

大阪府 大阪教育大学附属池田中学校 3年
伊藤 雄太郎

 私は父親から「夢を持て。そしてその実現に向けて行動しなさい。」と小学校の頃から言われています。そして「夢に挑戦できる環境があるということは最高の幸せだよ。」とも言われています。正直言って以前は、なぜ夢に挑戦できることが幸せなのかよくわかりませんでした。でも、最近はその意味が少しですが理解できるようになりました。たとえば、今日明日の食事に困る大変経済的に貧しい国では「夢を語る暇があったら働け。」ということになるでしょうし、あるいは経済的にそこまで貧困でなくとも、言論の自由や思想の自由が規制されている国があることも知りました。「あれがしたい。これもしたい。」と当たり前のように思っていた私にとって、そういう国が未だに世界にあるという事実はとてもショックでした。と同時に、父が夢に挑戦できることは幸せだと言っていた意味が理解できるようになりました。
 しかし、よくよく考えてみると、この日本だって祖父の時代つまり太平洋戦争の頃は夢を見ながらも夢に挑戦できない人はたくさんいたようですし、それ以前ともなればもっともっとたくさんの人が自分の意思や努力の前の段階で夢をあきらめないといけない時代があったように思います。そういったことを念頭におき夢に挑戦できる環境について少し考えてみたいと思います。
 すでに亡くなられた渥美清さんの映画で『寅さん』があります。ご存知の通りとても寅さんは日本人に愛されて何作もシリーズが作られました。父も好きでその影響もあり私も小学校の頃からテレビで何度か見ていました。「義理にあつく」とか「人情深く」とかそういった言い回しはまだよく理解できませんが、寅さんの正義感の強さに日本人は安心感を覚え、寅さんの自由気ままな行動に日本人は憧れを抱く、だからこの映画が愛されるのだろうと私は思います。では寅さんはなぜ自由なのか。自由とはどういうことなのか。私なりに考えてみると、それはまず世の中が平和でありそして国の政治が安定していること、その上で国民の生活がある一定水準以上であること、これらを満たし始めて自由な行動をとることが可能になるのだと思います。このことを言い換えてみれば、外国の国とは仲良くし、一揆や暴動・革命が起こらない民主主義が確立し、義務教育や道徳教育によって国民がしっかりと勉強することがとても大切なのではないでしょうか。そういった状況の上に自由な行動が保障されるのでしょう。つまり自由であることは責任を負うことでもあるのです。寅さんは一見自由きままなフリーターのようでけんかっぱやいですが、しかし人一倍の思いやりや優しさで自分の行動の責任をまっとうし、自由であることを可能にしているのではないでしょうか。
 このように考えると我々が自由に夢に挑戦するためには政治がとても重要であると思えてきます。ついつい政治といえばなんだか遠いところでやっているような感じがしますが、本来は自分にとっても大切な身近なことなのです。だからこそ政治の基本である選挙はとても大切なことだと改めて感じます。選挙の投票率が低いという話をよく耳にしますが、言い換えれば国民が自分自身の夢に対する憧れがなくなってきているということなのかも知れません。だから自由であることの意味を考えなくなってきているのかも知れません。いけないことだと思います。私はまだ選挙権がありませんし、また、具体的にどの政党が言っていることがよいことなのか判断できませんが、ただ選挙の重要性は理解できるつもりです。しっかりと判断して選挙できるようになりたいものです。
 私は自らの意思で日本に生まれてきたわけではありませんが、でも日本人として生まれた以上日本人としての誇りを大事にしたいと思います。私が生まれた時はすでに世界の中でも経済大国と言われ高い先進技術の国ですが、そういった恩恵に感謝しさらに私たちの後輩の世代にもっと素晴らしい恩恵を引き継いでいけるよう、自分自身が夢を持って挑戦しそして実現できたらいいなあと考えています。それが私の日本人としての誇りです。
 今年の春先、ワールドベースボールクラシックの優勝で日本中が興奮しました。そのときにあのイチローも何度も「夢」ということを言っていたのを記憶しています。イチローは夢にチャレンジして達成したわけですが、これからの日本にもそういったチャレンジできる環境が続いて欲しいです。夢の実現、そしてそのために大事な政治にしても、遠くにあるものではなく自分のまわりにあるものとして考えていくつもりです。第二の寅さんやイチローをめざして。